もう随分と寒くなった。
学校の屋上でゾロは、遠くに流れる雲を見ていた。
今は授業の真っ只中。
昼休みに屋上へ来て、そのまま眠ってしまっていた。
眠りは完全に覚めているが、今更クラスへ戻ろうとも思わなかったのだ。
肌寒いとは感じるが、動く気はない。
このままが気持ちいいと言い聞かせ、瞼を閉じた。
影に重ねて
眠りの中へ入るように、ゾロは思い浮かべる。
自分は今、窓際一番後ろの席に座っていて、ボサボサの赤髪をした教師が笑いながら黒板に授業内容をまとめているのを見ている。
授業は保健体育。
汚い字だなぁと言う声を背に、黒板に書くのは難しいんだと、ヘラヘラ笑いながら答える教師。
ボンヤリとその姿を眺め、そのまま窓の外へ視線を向けると、外では体育の授業のクラスが、グランドの端の砂場で走り幅跳びをしていた。
その中でオレンジ色の髪をした女子生徒が、その小柄な姿からは想像も出来ないくらい見事に跳ぶ。
同性からは憧れの眼差しを受け、異性からは特別な感情を向けられるだろう。
少し困ったように笑っている顔から、きっといい女なのだろうと思っていると、狙ってるのと、声を掛けられた。
声の主は、ゾロの前の席に座っているサンジ。
幼い頃からともに育った、血の繋がらない家族。
ニタニタと厭らしい笑みを浮かべるサンジに呆れ顔を向け、阿呆かと呟く。
サンジは一瞬ムッとした顔になるが、片方の眉をクイッと上げると、ゾロに背を向け、前を向いた。
何か言ってくるだろうと思っていたゾロは、不思議に思って俯きかけていた顔を上げる。
すると、サンジはそれを見ていたかのように、勢いよくグルリとゾロへ振り返った。
他の教科より少し大きめの、保健体育の教科書。二人の顔の高さで開いたまま。覆い隠すには十分だ。
クラスの皆に見えないように。音も立てずにサンジはゾロへと近付いた。
急に感じた唇への感触に、ゾロがピクンと反応すると、目の前には悪戯っぽく笑ったサンジがいた。
二人の頭は開いた教科書で丁度隠れている。教室の中からでは、何をしたのか見えなかっただろう。
反対側の、窓の外からだったら見えるかもしれない。それでもここは5階。
ゾロは顔に体中の血が集まってくるのを感じていた。
熱い。恥ずかしい。だって、こんなにも近くにサンジの顔がある。優しく笑ってくれている。
二人の顔を隠したまま、サンジは片手の人差し指をピンと立てて、ゆっくりと自分の唇の前に置いた。
しー、と。ゾロにしか聞こえないように言う。
サンジは真っ赤なゾロに笑いかけ、再び背を向けて座りなおした。
もう振り返る様子のないサンジの背中から視線を外し、ゾロはまだ熱の引かない顔を再び窓の外へ向ける。
グラウンドの走り幅跳びは、女子は終わったようで、今は男子が跳んでいた。
騒ぎの耐えない教室内なのに、残りの授業の音はすべて聞こえない。
熱っぽい顔を枕にした腕に埋め、ゾロは心地よい眠りが訪れるのを待った。
瞼を開く。痛いだろうかと思っていた光は、優しく照らしてくれていた。
サンジが触れた唇を触る。
少しカサついていて、味気ないもののように感じた。
サンジの唇はどんなだったろう。
一瞬のことだったし、驚いたから何も覚えていないのに、とても柔らかかったはずだと思った。
目を閉じて、もう一度想い描く。
あの時感じたドキドキと、嬉しさと。二人で悪戯をしたかのような、二人だけで笑い出してしまいそうな気持ち。
「やっぱり、あのまま寝てたんだな。」
声の主に目を向けると、空の青をバックにサンジが立っていた。
まだチャイムは鳴っていないはずだ。まだ授業中。ゾロは身体を起こし、サンジと向かい合う。
「お前が、いつまでたっても帰って来ねぇから。腹が痛いから保健室に行くって言って抜けてきた。」
ゾロが聞こうとしたことを、サンジは隣に座り込みながら言う。
今度こそロビンちゃんも見逃してくれないかもしれないと、胸元のポケットから煙草を取り出し、銜えた。
「あの保健医だったら、うまく口裏合わせてくれるんじゃねぇの。仲いいじゃねぇか。」
溜息を一つ。サンジの吐き出した煙を見ていた。なぜかぼんやりと、そういえば雲は触れることが出来ないのだと思った。
そんなゾロを見て、サンジがニヤニヤ笑う。
目を合わせると、何か良からぬ事を企んでいる性質の悪い奴のように、ニヤニヤしながら笑っていた。
「いやん。ロロノア君ったら。かる〜くジェラシーしてますか〜?」
ふざけたサンジに、乾いた笑いを返す。
でも、そうかもしれない。だから、こんなにも。
ゾロの手は唇に触れたまま。
触れられた唇。カサついた。少しヒヤリとした風で冷たくなった。
ゾロは、生き物のように蠢き昇る、サンジの煙草の煙を見ている。
するとゆっくり、影が重なってきてゾロは視線を上げた。サンジが覗き込んでいる。
近付くと影は更に濃くなる。
煙草がないと気付いた時には、二人の唇は重なっていた。
ああ、やっぱり柔らかい。
風が吹いた。冷たい風だ。
でも、柔らかい日差しのおかげで気持ちよかったから。
ゾロは、はにかんで微笑んだ。
これこそが幸せだと、深く噛み締めていたかった。
「影に重ねて」end
「二人の夏」の高校生。文の中には高校って一つも書いてないけど。(笑)
ちなみに、赤髪の保健体育の先生はシャンクス。幅跳び少女は、後のココヤシ青果のナミさん。サンジの言う保険医はロビンちゃん。です。
細かいトコロを楽しんで頂けると嬉しい。
これ、本当はゾロ誕で考えていた。・・・え?使いまわし??(何のことかしら〜♪)
2000HIT!!
本当にありがとうございます☆