アクセルをぐっと踏み込んでも、大したスピードは出ていないのではないだろうか。
ナミは、ガラス越しに飛んでいく景色を見ながら、そんなことを思う。
随分と使い古された軽トラでは仕方のないこと。
しかし、それはどうでもいいこと。
スピードなど、この町には必要ない。急ぐ事など何もない。
ふわりふわりと時間が過ぎる。
この町の人々は、それを感じながら生きている。
聞きなれた間抜けなクラクションに振り向けば、見慣れた赤いバイクだった。
対向車が珍しい田んぼ道のど真ん中に車を止めて、ナミは窓から顔を出した。
ポポポと音を鳴らした、壊れかけたバイクの前には手描きの郵便マーク。
郵便配達中のウソップだ。
「あら。」
「よお。」
暢気な挨拶。この町の空気に、実に似合った。
「配達?」
「ああ、オールブルーにな。」
「あれ?」
知らないの?と、ナミは言い、ウソップは何のことだ?と聞く。
「サンジ君、いないわよ。」
「え!?」
オールブルーは通常年中無休だ。
前オーナーであるゼフのバラティエの時と同じく、サンジがそう決めた。
しかし、本当に数えるほどだが、気まぐれに店を閉める時がある。
そんな日、サンジは新メニューのための食材を探しに行くのだ。
「げぇ、じゃぁまた配達にくるのかよ〜。」
サンジの家はオールブルーそのもので、別宅というものがない。
そのため店にポストを作らなければならないのだが、それを前オーナー・ゼフも、サンジも許さなかった。
理由は見栄えが悪いだのなんだの。
留守にするときゃ言えって言ってたのによぉと、ウソップは渋い顔をしながらグチグチ言っている。
「で、今度はどこに行くって?」
溜息を一つ付いて、力の抜けた声でナミに聞くと、ナミはにやにやと笑みを浮かべながらウソップの顔を覗き込んだ。
「それを聞くのは野暮なんじゃない?」
ああと、再び溜息をつく。
「面白かったわ。サンジ君、昨日泣きながら飛び跳ねてたのよ。嬉しくて。」
うわぁ。痛いだろ、それ。
ウソップは得体の知れないものに力を吸われた様に肩を落とす。
今回は食材探しの旅ではない。目的は恐らく、アレだ。
「春だからなぁ。」
「春になるものねぇ。」
「春は・・・ほら、アレが多くなるって言うじゃねぇか。」
「・・・そう、アレねぇ。」
はははと、二人で乾いた笑いを浮かべる。
見上げた空はどこまでも続いているという。ずっとずっと、この星にいる限り。
「警察とかの世話になってないことを祈るよ。」
「変質者だものね。サンジ君。」
「ナミ・・・お前・・・。」
君に逢うため
電車を降りたら驚いた。
自分は何てところに来てしまったのだと、ただただ唖然とした。
町を出たことは何度かあった。
海にも山にも、数える程だが食材を探しに出かけることはあった。
「そういえば、修学旅行は行かなかったしな・・・。」
小中高と、すべての修学旅行にサンジは参加していない。
緊張のためか前日に必ず高熱を出し、当日もグッタリというわけだ。
いってきますと言って玄関を後にするゾロの背中を、じっと見つめていたのは苦い思い出。
「しかしまぁ、何てところだ。」
きょろきょろと周囲を見渡す。
何てでかい箱に、何て人間の数だよと、顎が外れる思いだ。
駅員らしき人に道を聞き、表示されている通りにサンジは歩いていく。
誰一人並んでいない公衆電話を見つけると、十円玉を入れ押し慣れた番号を軽やかに打ち込んだ。
『・・・もしもし?』
繋がるまでの時間は短かった。待っていたのかもしれない。それなら嬉しい。
「あ、俺。今着いたんだけど。」
『おお、ごくろうさん。』
電話越しでも聞きなれた声に安心する。
実は、肩やら身体中に無駄な力が入っているのだ。
敵なんていないのに身構えている。
そんな自分に気付き、サンジは笑ってしまった。
『じゃ、昨日言った場所。分かるか?』
「調べた。」
そうかと、答えた電話越しにゴソゴソと音が聞こえる。
「まだ家?」
『?いや。ああ、ちょっと人が・・・あ、すみません。』
「どこ?」
「うるせぇ。人にぶつかったんだよ。もう切る。じゃ、後でな。」
「えぇ!?ちょっと待ってよっ!!」
言い切ることなく、電話は切れた。
ひでぇと、呟き静かにサンジは受話器を置く。
「遠くの恋人が遥々会いに来たってのに、何だよ。」
もっと優しくしろよな。
「あの。」
突然の声に、はひっ!?と、間抜けに振り向くとすぐ後ろに青い髪の女の子が立っていた。
小学生だろうか、小さな女の子。芯のある声で、凛とした態度の女の子。
「電話、いいですか?」
「あぁ!ごめん。」
自分の立っていた場所をサンジは、どうぞと譲り、財布や荷物をまとめ直しながら女の子を見た。
父親に電話しているのだろう。凛とした女の子が、話す時は年相応に幼く見える。
可愛いなぁ。初めての遠出とかだったのかなぁ。
サンジは優しく笑いながら、サイフに入れていたメモを取り出す。
ゾロのこちらでの住所の書かれたメモだ。ゾロが書いた。
今から会いに行く。もうすぐ会える。
「お兄ちゃん。」
再びの不意打ちに、はぃっ!?と、答える。二度目で間抜けさが増している。
俺って無様・・・と、心で呟きサンジは引きつった笑みを浮かべていた。
「この十円はお兄ちゃんの忘れ物じゃないですか?」
そう言って小さな掌に乗せた十円玉を見せてくる。
「あ、いや。多分・・・俺のじゃ、ないと・・・。」
ぎこちなく答えると、女の子は、そうと言って掌の十円を見た。
どうしようかと迷ってるようだった。
「・・・駅員さんに渡しに行こうか?」
俯きぎみな女の子の顔を覗き込みながら言ったサンジに、女の子はぱっと顔を上げ、ニッコリと笑う。
花が咲くとは、こういうことだなと思ったサンジに、女の子は本当に嬉しそうに頷いた。
**
もう嫌だ。
家からほんの少ししか離れていないはずなのに、ゾロの疲労はピークに達している。
行きかう人々。男、女、恋人たち、家族、子ども。
「だから平日に来いって言ったのに・・・あのマユゲ。」
思わず愚痴をこぼす自分が情けない。
声にしてしまうことによって、一層疲労が増した気がする。
先ほど一方的に切ってしまった携帯電話を取り出す。
着信履歴には非通知表示。
通話前にビーと音がなったところから、公衆電話から掛けてきたのだろう。
夏に一度、実家に戻った時、携帯は持たないのかと話したことがあった。
帰ってきた答えは。
え?だって誰に電話すんのよ。
「こういう時に困るのは結局俺だろ・・・。」
ぶつぶつと呟きながら大通りに出ると、広い道の一番端を歩く。
出来る事なら、ゾロは自分の歩みを妨げる人々を一人一人蹴飛ばして進みたい。
自分も他人にとっては邪魔で仕方ないのだろうなと思うと不思議で仕方がない。
これ以上の面倒はごめんだなと、ゾロは大人しく人の波に沿って歩く。
「だから、ここから歩いてください。」
「代金を払ったのに、目的地まで連れて行かないのか!?」
道路沿い、一台のタクシーが止まっている。
客を降ろそうと、ドアは開いているが、客は一向に降りようとしない。
くだらねぇと、ゾロは溜息をついた。
「だから、この先は歩行者天国なんですよ、車は入れないんです。」
「わざわざそんな道を何で選んだんだ?」
私はこの土地を知らんのだっと、男とタクシーの運転手はお互い引かずに言い合っている。
あほらしい。
「あの。」
見かねたゾロは閉じたままの助手席の窓越しに声を掛けた。
「何だ、少年。このタクシーはまだ客を乗せているぞ!」
「もう降りてください。お代は結構ですから。」
タクシーの運転手は諦めムードだ。
「おっさん、どこまで行くつもりなんだ?」
おっさん!?と、勢いのよかった男は固まってしまう。
タクシーの運転手も、ひくりと頬を震わせ、息を止めた。
休日に歩行者天国になるこの道を抜けた先にあるのは駅だ。
大きな駅で新幹線も走っている。
男の目的地は恐らくそこだろうと、ゾロは考えた。そして、ゾロの目的地でもある。
「駅に行くんなら、もうすぐだ。俺もそこに行くから連れてってやるよ。」
タクシーはただなんだろ?いいじゃねぇか。
そう言って男を車から引っ張り出したゾロは、もう行ってくれと運転手に目を向ける。
そそくさと去っていくタクシーの背中を呆然と見送る男。
ゆっくりとゾロの方を見て、じわじわとその表情が怒りに変わっていく。
「駅に行くにはこの道しかねぇよ。」
男の憤りを遮るように、ゾロは淡々と言う。
「その説明をしなかったタクシーのおっさんも悪いけど、おっさんもこだわり過ぎだ。」
話しを聞こうとさえしてなかったろ。そんなに歩くのが嫌なのか?
男の怒りは、纏う空気から感じていたはずだ。
しかし、ゾロはどこに怒る要因があるのだと、無表情で男に話しかける。
ゾロの様子に怒りの萎んだ男は、ふむと一息ついた。
「駅までは一本道だぞ。ほら、もう見えてる。」
「あんなに近くにあったのか。」
熱くなりすぎていろいろと見えなくなっていたようだと、男は豪快に笑い出す。
これが本来の男の性格なのか、ついさっきまで眉間に皺を寄せていた男とは思えない。
「いやぁ、失敬失敬。彼にも失礼なことをした。君、名前は?」
彼とはタクシーの運転手のことだろう。
「ゾロ。」
「ふむ、良い名だ。私は、コブラだ。株式会社アラバスタの代表取締役をしとる。」
皮の厚い無骨な手をゾロの前に出し、男は再び豪快に笑った。
**
パパが迎えに来るのと、女の子は言った。
青い髪を頭の後ろできゅっと一つに結んだその子は、ビビと名乗った。
サンジが電車の中で食べるはずだったサンドウィッチを残り物で悪いけどと出すと、それを嬉しそうに食べている。
「偉いね、ちゃんと拾ったものを届けて。」
ビビの拾った十円は、サンジとともに駅員の手に届けられた。
人の良さそうな駅員は、ありがとうねとビビの頭を一撫でして戻っていった。
「そんなことないです。こちらこそ、ありがとうございます、サンジさん。」
上品に微笑む姿とその口調が、どこかのお姫様ではないかと思わせる。
「このサンドウィッチもありがとうございます。とてもおいしい。」
「ありがとう。」
店を出る時に、残り物で作ったものだ。
作っていた時は、おいしいだなんて、言ってもらえるとは思っても見なかった。
それにしても、傍から見れば不思議な組み合わせだろう。
小さな女の子と、小学生の父親と言うには若すぎる男。
「誘拐?」
それはまずいだろと、自分の言葉に苦笑いのサンジ。
「大丈夫ですよ。私、ちゃんと説明できます。」
はははと、サンジは空笑いで答える。しっかりしていらっしゃる。
「今日は、久しぶりにパパに会えるんです。」
「へぇ。」
本当に父親が好きなのだろう。ビビは嬉しそうに話し出す。
「会社の偉い人だから、忙しくて滅多に会えないんです。」
でもね。
「私、もう一人で電車にも乗れるから、これからは私が会いに来れるんです。」
自慢げに、そして、そのことは一番自分が嬉しいのだと。
「パパは嬉しいだろうね。俺なら飛び上がっちゃうよ。」
こんな可愛い娘が、一人電車に乗って会いに来てくれること。
しかし。
「そうでしょうか・・・。」
そっと目を伏せたビビの表情は、小さな女の子がするものではない。
くるりとした目に、薄っすらと涙が溜まってくるのが見える。
「パパが忙しいって分かってて、私押しかけてるんです。」
そんなことないよと、口にしようとしてサンジは口を開くが声は出さなかった。
ビビの口にした不安と、自分の不安が重なったのだ。
大学生活で忙しいゾロ。
学費は奨学金を受けていると聞いたが、こちらからの仕送りは受け取ることをしない。
家賃や生活費はアルバイトで稼いでいるのだ。
勉強もしなければならない。学生なのだから。
するべきことが多いだけに、一つの職を持って働いている自分よりも忙しいのではないだろうかとサンジは思う。
でも。
「でも、迎えに来てくれるんだよね?」
「え?はい。」
ならば。
「だったら、お父さんもビビちゃんに会いたいんだよ。」
そうですかと、まだ不安そうなビビにサンジは笑顔で言う。
「社長なんでしょ?忙しくて仕方ないんならお父さんじゃない人が迎えにくるんじゃない?」
そう言って、サンジはどこか確信めいたものを感じた。
迎えの電話をしている時のビビの表情が、サンジに素敵なお父さんを思い描かせるに十分だったのだ。
**
駅に向かい、足を進めるゾロとコブラ。
コートを腕に掛け歩くスーツ姿の株式会社アラバスタ代表取締役の男と、色褪せ始めた厚めの上着に黒ずんだマフラーを巻いた、見たまんま・貧乏学生の男。
傍から見ると素晴らしいまでのアンバランスではないかと、軽く感動すら覚える。
そんなことを思い、ゾロは遠い目だ。空笑いの気力すら湧かない。
ゾロの消耗は、もはや人ごみに揉まれることから生まれるだけではなかった。
「ゾロ君!見てくれたまえ、これがウチの娘だっ!!」
はっきり言おう。
ウザい・・・。
「ちゃんと見てくれているかい?可愛いだろう、このショットはちょっと自慢なのだよ。」
ニヤニヤ笑いながら彼の娘らしい女の子の写真にキスをする。
ああ、この人と少しでも関わりがあるって思われたくねぇ。
ともに駅まで歩くことを選んだ自分を、ゾロは少しだけ恨んだ。
「今日はね、娘が一人で私に会いに来てくれたんだよ。」
ぎゃいぎゃいと、いかに己の娘が素晴らしいかを語っている男に、ゾロの自称寛大な心もパンク寸前だ。
周りを見れば、関係ない人々に少し距離を置かれている・・・ような気がする。
コブラは散々自慢話を披露したと思えば、すっと一息ついた。
そして。
小学生の女の子が一人でだよ、と。
今までと違い、静かに言ったその言葉がどこか響いたのか、ゾロはコブラが喋り始めてから初めて視線を向けた。
「ずっと離れて暮らしている私に、娘が自ら会いたいと会いに来てくれる。」
写真の中から溢れ出しそうな笑顔の女の子を見つめる瞳が、愛しいと語っている。
ただ愛しいと。
「私は、本当に幸せ者だよ。」
この世界で。こんな形の定まらない、雑じり合った世界で。
自分が幸せだと笑顔で語ることが出来る人はどのくらいいるだろうか。
小さな、ほんの些細なことでさえ、そっと渡し合う当然という出来事を。
「そんなにベタベタしてたら、いつか娘に突き放されるんじゃねぇの?」
「何をぅ!ウチの娘はそんな酷い事はしないぞっ!!」
ゾロは意地の悪い笑みを浮かべならが、パパ触らないで〜と、コブラに言う。
それにコブラは、漫画かと突っ込まれそうなほどのベタなリアクションでショックを受けていた。
こういう単純さが今の世の中には必要なんだな、などと思ってみたりする自分が遠い人の様だ。一体何様のつもりか。
そんな自分が哀しいと感じてしまうのは何故だろうか。
駅の入り口に差し掛かる。
大通りへ向かう人、大通りから訪れる人。ますます人が増えている。
その上、駅と言う空間へ詰め込まれるそれは、まるで飴に集る蟻達を覗きこんでいる様だ。
もとより優れない気分が負へ向かうのを、ゾロは他人事のように感じた。
「ゾロ君はこれからどこかへ?」
「人を迎えに。」
「私と同じなのかい。」
まぁと、今から突き進まなければならない人ごみから目を反らさずに答える。
「お友達かい?」
「あ?・・・あー。いや、友達ってか、家族ってか・・・。」
兄ではないし、弟でもない。同居人?いや、今は別々なのだから元同居人?
自分にとってのサンジの位置づけ。恐らくそれは出逢った瞬間から変わっていない。
ただ、言葉にしてしまえば小さな存在の様な気がしてならない。
とてつもなく重いものであるはずが、陳腐なものだと自分で言ってしまうようで。
言葉にすることをどこかで避けていた。
言い淀んでいるゾロを見て、コブラはフワリと笑った。
余りにも真剣に悩んでいるゾロに、真面目だねぇと。
「恋人かい?」
「こっ・・・!??」
急に慌て出したゾロを見て、優しくコブラは笑った。
「大事な、人なんだね。」
大事。そう、そんな小さな言葉。
その小さな言葉に、どれだけの想いを詰め込んでいるのか。
分かる人は分かるのだろうか。見える人には、見えているのだろうか。
「その辺・・か?・・・多分。」
「君の今の顔を見れば、君がどれだけその人を想っているのか私には分かる気がするよ。」
自分はどんな顔をしているのだろうと、ゾロはガラスに映る自分の顔を見た。
片眉が上がって、おかしな表情だ。不可解なものに遭遇した、そんな。
「分かるもん?」
「分かるさ。何たって、私には自慢の娘がいるのだよっ!!」
ゾロは思う。
このおっさん、早くどっか行ってくれないかなぁ。
**
「サンジさんは待ち合わせなんですよね?」
「そうだよ?」
「あの・・・時間とか、大丈夫なんですか?」
そういえばと、サンジは腕時計を確認する。
待ち合わせの場所は離れているわけではないが、ここではない。
「あー、まぁ大丈夫だと思うから。」
何たってゾロは計り知れないレベルを誇ることのできる、方向音痴だ。
ゾロが時間通り待ち合わせ場所に辿りつくかと言われれば、笑って無理だと答える。
「待ち合わせの場所は確認したし、すぐに行けるし。」
答えるサンジに、ビビはそれでも不安そうにサンジを見つめる。
「それじゃぁ、電話してみるよ。今どこか確認して、まだだったらビビちゃんといる。」
「はい。」
やっと笑ったビビを置いて、少し離れた先ほどの公衆電話へ歩く。
受話器をとってボタンを押す前に、サンジは座ったままのビビに笑いかける。
ニコリと返事を返す様に微笑み、それに安心したサンジはゾロの携帯の番号を押した。
**
ブンブンと後ろのポケットから伝わる振動にゾロは手を当てた。
サブ画面に表示される着信は非通知。
サンジだろうと、ゾロは電話を耳に持っていく。
『へい、ハニー。機嫌直った?』
「は?何言ってんだ?」
人酔いとコブラによってイライラしていたところを、サンジの挑発と思わせるセリフはゾロに更なる不快感を抱かせた。
『うわっ。何か声色怖いよ。』
「で、何だ?俺もう着くぞ。てめぇ、迷ったとかぬかすなよ。」
『まっさかぁ。』
お前じゃあるまいし、とは言わない。
そこは冷静なサンジ。火に油を注ぐ様なものだ。
電話をして来たのは既にその場所にいると言うことだろうかと、ゾロは周りを見渡す。
公衆電話がある場所は限られている。
「例の恋人からかい?」
声に振り返れば、からかい混じりの厭な笑みのコブラがゾロを見ている。
「おっさん、黙れよ!!」
『え!?おっさん??ちょっと、ゾロぉ??』
「あ、お前じゃねぇから。」
すかさずフォローを入れるが、コブラは止まらなかった。
「おや、喧嘩かい?若いねぇ。恋だねぇ。」
「黙れっつってんだろが!!!」
『えぇ〜!??』
もうメチャクチャだ。
コブラは、誤解は解かないといけない、などと真剣にゾロに語る。
ゾロは、てめぇが黙れば済むんだよ、とコブラに怒鳴りつける。
サンジは、ゾロの怒りの対象が見えず、おろおろとするばかりだ。
「パパっ!!」
ヘぇ?と。
ゾロとコブラが二人同時に振り向けば、小さなポニーテールを靡かせた青い髪の女の子が大きく手を振っている。
ゾロには見覚えがある。コブラが持っていた写真の女の子だ。
写真で見た姿より、少し大人びて見えるのは成長のためか。
「おぉ!ビビ!!」
両腕を大きく広げ、駆け寄ってくるまだ身体の小さな娘を覆うように抱きしめる。
ビビと呼ばれた女の子も開かれた腕の中へ、ふかふかのベッドへ飛び込むかのように収まった。
何の疑いもなく、何の不安もなく。
「パパ、この方は?」
「ゾロ君と言ってね、パパの友だちさ。」
「違う。」
ずばりと物を言うゾロに、ビビはきょとんとし、コブラはそんなぁと傷付いた振りをする。
「私もお友達ができたのよ。サンドウィッチを貰ったの。」
お揃いねと、笑う表情の後ろの方に可愛らしい花が見えるのを、ゾロは感じた。
サンジが好きそうな女の子だ、と。
「じゃぁ、おっさん。俺はもう行くぞ。」
親子の感動の再会に水を差す様なことはしない。
ゾロはビビに手を振り、さっさと背中を向けた。
「ありがとう、ゾロ君。困った事があっても株式会社アラバスタは君の味方だっ!!」
意味分かんねぇよ、とは口にせず、ゾロは振り返らないまま後ろにもう一度手を振った。
**
『わりぃ、もう済んだ。で、今どこ?』
騒がしかった受話器の向こうは、人々のざわつきのみでゾロの怒鳴り声は止んだようだ。
しかし。
「いや、済んでねぇ。」
『は?』
「お前ね、何があるのか知らねぇけどよ、散々俺に怒鳴りつけて、済んだじゃすまねぇだろ?ああん?」
『何怒ってんだ?』
「ふざけんなっ!!」
電話越しのサンジは、ゾロがどんな状況であるかなど知らない。
それでも、機嫌が悪いらしいゾロに対して迎えに来てもらうという立場上、気を使っていつもりだ。
それを知ってか知らずか。否、知らないからこそだろうか。
人のことなどお構いなしな、その態度。
「俺は今、最高に気分が悪いっ!!!」
『あ?乗り物酔いか?人酔い・・・』
最後まで聞くことなく受話器を元の場所へ乱暴に叩き付けた。
サンジがゾロの状況を知る事ができないのと同じく、ゾロもサンジの状況を知らない。
言うなればお互い様なのかもしれない。ゾロが無神経なのでは決してないのだ。
自分の目の前のことで手一杯になったゾロに、傍に居ないからと言って除け者にされたように感じたのかもしれない。
それならば、何と子どもなのだろう。
叩き付けた受話器を恨めしそうに睨むサンジが一番憎いのは、そんな自分だった。
「喧嘩ですか?」
声に振り返ると、サンジの後ろにビビが立っている。
「え?あー、座って待ってていいよ。」
「いえ、パパが迎えに来てくれたんです。」
ビビが座っていた場所を見ると、スーツを腕に掛けた男が立っている。
ぴっと背筋を伸ばし、優しそうに微笑んだ男は、サンジに向かって挨拶なのか礼なのか頭を下げた。
「そっか。よかったね。」
「はい。」
もう行きますねと言って、ビビは重いだろうにサンジの荷物を運んで来てくれた。
「サンジさん、ありがとう。」
「こちらこそ、ビビちゃん。」
喧嘩しちゃダメですよと、手を振って去って行く。
親子は手を繋ぎ、今度は礼だろう、もう一度サンジに頭を下げた。
サンジもそれに答える様、軽く頭を下げる。そんなサンジに二人は笑顔で背中を向けた。
小学生の女の子には少し大きめのバッグを父親は軽々と持ち、反対の手はしっかりと繋がれている。
「ほら、ビビちゃん。やっぱり、君の大好きな素敵なお父さんだろ。」
絵に描いた様な親子の背中に、そっと声を掛ける。
不安そうにしていたビビは一欠けらだっていない。
子どもなんてそんなものだとは言わない。
彼らだって、その小さな胸の中に沢山の気持ちを詰め込んでいる。
名前だってまだ知らない、形だってまだ作られていない様な。
それは、もしかすると大人なんかよりも厄介なのかもしれない。
知っているからこそ、大人の方は不安が増すのかもしれない。
知らないからこそ、知っているからこそ。
皆みんな。
お互い様。
**
鼓膜を破るかと思わせる大きな音の後、ツーツーとバカにされたような無機質な音が続いた。
そんな中、ゾロに生まれたのは混乱のみ。
「何だ?あいつ。何怒ってんだ?」
サンジに拙い事を言っただろうかと、自分の言ったセリフを思い返すが散々コブラに怒鳴り散らしていたのでサッパリ思い出せない。
聞こうにもサンジは携帯電話を持っていない。待ち合わせの場所に行くしか、ゾロがサンジに会える方法はない。
「やっぱ携帯持たせるべきだな。」
呟きながら歩いていれば、待ち合わせの場所は目の前だった。
サンジの目立つ金髪は見当たらない。
ゾロは一息付き、同じように待ち合わせをしているのか壁に凭れる人々の隙間に身体を収めた。
サンジと会うのはいつぶりだろうか。
一年。いや、一年前の今日、自分はサンジの元へは戻らなかった。
それを誤魔化すかの様に、名前も書かずに物を送っただけ。誕生日プレゼント。
「一年半ぶりくらいか。」
夏以来。それさえ分かれば、ゾロはそれ以上詳しく計算するのをやめた。
細かいところまでは、きっとサンジが計算しているだろう。
ゾロが考えなければならないのは、久々に会うサンジに何と声を掛けるか。
軽く挨拶代わりに手を上げて、久しぶり?
ニッコリとサンジに微笑みながら、おう、元気だったか?
そこまで考え。
「似合わねぇ・・・。」
そうだ。こういうのは自分には似合わない。
ゾロは壁に深く凭れ直し、ゆっくりと目を閉じた。
少し眠気がやってくる。
「サンジ、早く来ねぇかなぁ。」
眠気のため遠ざかろうとする雑音に、ゾロは耳を澄ませた。
久しぶりにサンジに掛ける言葉。それももう、サンジに任せてしまおう。
会えるだけで嬉しいのだから。
十分だ。
たったこれだけで使い物にならない頭は放っておいてやってくれ。
会えるだけで、十分なのだから。
**
サンジは、ビビの持って来てくれた荷物を肩に掛け、公衆電話に背を向けた。
向かう場所。ゾロとの待ち合わせ場所はすぐそこだ。
迷わず辿り着いているだろうか。
「ま、あの珍しい頭は目立つからな。」
少々迷っていても探す分には大丈夫だろうと、たかを括る。
それにしても。
「ビビちゃん、可愛かったな〜〜。」
思い出してニヤけてしまう。彼女は美人になる。
とても仲が良さそうな親子だった。羨ましくらい。
自分とゾロは、どう見えるのだろう。サンジはそんなことを思った。
いつも自分たちをからかってくる、ナミやウソップに。もう居ない、ゼフに。
ゾロは、自分をどう見ているのだろうか。
これでは、父親に迷惑を掛けているかもしれないと不安に揺れていたビビと同じだ。
小さな、あの女の子と。
「でも、迎えに来てくれる。」
どんなに忙しくとも、迎えてくれる。待っていてくれる。
サンジの視界に、懐かしい色が入る。
他の人とは全く違う、その鮮明さはサンジにとってまるで光っている様だった。
壁に凭れ、腕を組んで目を閉じて。少し、口元が笑っているように見えた。
それはサンジの願望だろうか。ただの思い込みだろうか。
でも、弾み出すような気持ちになるのだ。
それは確かだ。ならば、それでいい。
サンジの中の、子どもと大人が入り混じ、一人きりになる。
何と声を掛けよう。
軽く挨拶代わりに手を上げて、久しぶり?
ニッコリとゾロに微笑みながら、おう、元気だったか?
そこまで考えて。
「どーでもいいか。」
出たものでいい。視界をゾロいっぱいにして出た、その時の言葉で。
もうすぐ。もう目の前に。
手を伸ばさずとも、それはある。
この世界で。こんな形の定まらない、雑じり合った世界で。
自分が幸せだと笑顔で語ることが出来る人はどのくらいいるだろうか。
小さな、ほんの些細なことでさえ、そっと渡し合う当然という出来事を。
end
「会えない」←滅多に会えない距離で暮らしてる「二人の夏」のサンジとゾロ。
『会わせない』もしくは、『会ってない』ぢゃねぇのか??と終わってから思った(爆)
「涙」←ビビちゃん
そう言えば、サンジも前日泣きながら喜んでいたらしい(ナミさん談)と、終わってから気付いた(爆)
サンちん、おめっとう!!
暫くは覗かないだろうと思っていた、夏のお二人さんを覗いてみまひた。早かったな・・・。
もういいや。(何投げやりになってますねんっ)
いや、楽しかったですよ!!楽しいんですよ!!・・・ただ問題は・・私だけって事。(笑)
ドンマイ!←そうやっていつも誤魔化している様な・・・
今回もお手を繋いで下さった、ミナトさん!!ありがとうございます!!!
ミナトさん、私はいつでもミナトさんを頼りにしてます。(それを人は責任の押し付けと言う)←おいコラ!
また騒いだってくだせぇ。ははぁ〜。
そして、一緒にサンジの誕生日をお祝いしてやろうと遊びに来て下さった方、ありがとうございます!!!
サンジの誕生日なのに、相変わらず私ばっかいろいろ貰ってるなぁ。
ああ、しみじみ。
帽子屋