少し街から離れた場所。山へ向かう途中の道。
そこにある一軒家にはコックが住んでいる。
コックは毎朝早く街へ向かう。コックの働くレストランが街中にあるためだ。
レストランの名前は、バラティエ。
コックはそこで、毎日ランチを作っている。
ランチは日替わりで、遠くの街からでもそれを求めてやってくるほど人気だ。
昼時はいつだって、店の前に大行列ができるほどに。
『ホントだ〜、おいしい!』
『でしょ。このランチ考えてるコックさんって、このレストランで一番若いんだって。』
『へー、カッコイイわけ?』
『金髪スーツの男前。』
『マジ??』
『そのコックさんが、毎日愛する人を想って作るランチなんだって。』
『何それ?ダサい!!』
『だから、こんなに美味しいんだって。』
『アホくさ。確かに美味しいけど、それってキモい。』
『きゃははは。確かに、そうかもねー。』
『あはははは。』
「だってよ。そんなアホな理由なのか?」
ランチピークも退いた頃、突然に現れた目の前の男はそんなことを言う。
「料理が美味いのは、俺の腕だ。」
「そうか。じゃあキモいなんて言われてるのは、お前自身か。」
「違ーう。その前に金髪スーツの男前って言われてるだろ!」
そうだったかなんて、惚けやがる。
しかし、サンジの顔からは笑みが消えることはない。
「ロビンちゃんは?」
「買い物。後から来るとよ。」
「そうか。」
レストランはディナーの準備のため一時閉店中。
都合の良いことに、従業員はそれぞれに休憩だと、店にはサンジしかいない。
ランチを任されている身とは言え、サンジはこの店では一番経験の浅い、下っ端コックなのだ。
店からでることはできず、片付けも最後は一人でする。
店にはサンジの目の前の無愛想な男だけ。
暫く見ていない、鮮やかな緑の髪の、ゾロだけ。
「おかえり。」
「何だそれ、気持ち悪ぃな。」
ここに戻るために、ゾロとロビンは、今度は何を差し出したのだろう。
ロビンと二人で話しをした明くる日、ロビンはそこにはいなかった。
まるで、初めから二人は存在しなかったかのように。
サンジはそれから、今まで以上に仕事に打ち込んだ。
やり場のない思いを仕事に向けていたわけではなく、二人を忘れない為に料理を続けていた。
自分の作ったものを口にして欲しい人がいる。その人の為に料理を作り続けた。
それが、二人を忘れないことだと思ったのだ。
「もう、消えなくていいのか?」
「さて、約束事はあるからな。バレねぇ限り。」
「また煙みたくドロンとかなしで頼むよ。」
「約束守る限りはな。」
「やっぱりあるんだ、約束。」
「当然だ。」
何もなしに。それが簡単だろうが難しかろうが関係なしに。何かは必要なのだ。
「タダでなんて旨い話はない。」
「お前ね、そんな軽くていいわけ?」
サンジは笑う。命とはそんなに軽いものなのかと。
「軽いも何も、初めから重さなんてねぇんじゃねぇの。」
「何じゃそりゃ。そういう話じゃねぇよ。」
微妙に会話がズレているの様な、ゾロと話しをするといつもそうだった。それがとても楽しかった。
ロビンがどれほどの道のりで、愛しの弟を取り戻したのか。
彼女がそれを語るとは思えないけれど、話しをしたいと思った。
自分は、こんなに簡単に戻ったと言われる道のりだっただろうか。自分自身では分からない。
買い物に行っている彼女がこの店の扉を潜ったら、二人にありったけの思いを込めて、少し遅いランチをご馳走しよう。
そして、これからも二人を想って料理し続けよう。
この喜びを教えてくれた二人に、感謝を込めて。
この想いを、言葉にできない想いを、二人が感じとれるくらい詰め込んで。
きっとまた、たわいもないもののように。煙のように。
あっけないくらいに無くしてしまうのかもしれないから。
もう一度、三人で食事をできることを、何よりも感謝して。
「サンジ、腹減った。」
「ロビンちゃんが来るまで待て。」
チリリン、と。
店の扉に掛けられた小さなベルが、三人の再会に優しく泣いた。
えんらえんらの初恋