旅人の通り道とも呼ばれる街がある。
首都である都へ、港から向かうために必ず通る街だからだ。
海から続く道を通って、山々に囲まれた街。大きくはないが、活気のある明るい街だ。
そこに、自らをコックと名乗る男がいた。しかし、過去の話だ。
ほんの少し前まで、街で腕のいい若いコックと言えば、この男の事だった。
男はサンジと名乗っていた。
以前はもっと立派な、貴族のような名前だったかもしれない。
しかしそれも、過去の話だ。

ある日。サンジは弟子入りしていた店の料理長に、店を追い出された。
作る料理は前菜のみだったが、客からもそれなりに評価されていたのに。
サンジはなぜこんなことになったのか分からなかった。
美味いと認められるだけではダメなのかと。
だから、自分はきっとコックには向いていなかったのだと思うことにした。
料理をすることは好きだが、向いていないのなら仕方がないと。
今まで過ごしてきた厨房での日々を思い、少しだけ泣いた。
しかし、それもやはり過去の話だった。







街外れにある一軒家には考古学者の女が住んでいた。
今のサンジの仕事は、女に食事を届けることだ。
昼間だというのに薄暗い小屋の中には、差し込む光のせいか目で見て分かるほど埃が舞っていた。
「ロビンちゃん。今日も頼まれたものを持ってきたんだけど。」
今日でもう、ひと月過ぎる。
ひと月前。町のバーで知り合った、その考古学者の女はロビンと言い、漆黒の髪と瞳を持った美しい女だった。
話の流れで、料理が好きだと語ると、ロビンに、その自慢の料理を毎日届けてくれと言われた。
勿論、お金は払うからと。
お金はいらないと言ったがロビンが譲らなかった。
仕方なしに受け取り、サンジはそのお金で食材を買い、毎日料理を届けることになったのだ。
小屋から返事がないのはいつものことで、サンジはズンズンと小屋の中へ入る。
名前を呼びながら、書庫だと言っていた扉を開いたが、人がいる気配はない。
小屋の主であるロビンは、職業柄よく留守にするらしいが、昼間に届けてくれと言った。必ずと。
テーブルに置いておく様と言われていたが、正直サンジは料理の説明もかねて直接渡したかった。
昨日も、その前も、そのまた前も。
いつも不在なのだ。それでも毎日、サンジは約束を破ることはしない。
しかし、今日こそはもう無理だと思っていたのだ。我慢するのは好きじゃない。
サンジは陽に焼けた書庫の扉を潜り、紙独特の匂いの篭った部屋へ。
本を傷めない様にと、締め切られた暗い部屋へ足を踏み入れた。
が。
途方に暮れるとは、こういうことなのかなどと、思ってみる。
誰も居ない。
やはりいつも通りテーブルの上に置いておくべきなのかと考え、一息つく。
その時、物音がした。ゴトリと。
音は入り口から一番離れた扉の奥から。
「誰か居るのか?」
扉をノックしてみるが、何の音も返事も返ってこなかった。
「あの・・・飯、持ってきたんだけど・・・。」
そう言って、もう一度ノックする。
すると、少しの間を置き、トントンと無表情な音が返事をした。
サンジが扉を開くと、部屋の中には男が一人。
部屋は寝室のようで、大きなベッドが一つあった。
立っているのは緑頭の男。
男を見て、サンジは自分と同じ位の歳だと思った。
飯と、男が喋ると同時に男の腹の虫が元気良く鳴く。
男はゾロと名乗り、ロビンと暮らしていると言った。
ロビンからは一人暮らしだと聞いたと言うと、そうとも言うと答える。
意味が分からなくてムッとしたが、嫌いな奴じゃない。
そんなことを思いながら、サンジの料理を一生懸命に食べるゾロの緑の髪を眺めていた。
それからは、昼飯を届けるたびにゾロを探すようになった。
ロビンとは出会わなかったので、ゾロのことは聞かなかった。
ロビン本人が隠しているのだから、わざわざ暴くような真似はしたくなかったという思いもある。
ゾロもそうしてくれると助かると言った。
サンジ自身も、ゾロと会えなくなってしまうかもしれないと考えると嫌だったので、黙っていたいと思った。
このままがいいと思ったのだ。