今日もまた、サンジはゾロに昼食を届ける。
「なぁ、サンジはコックなんだろ?何で店を持ってねぇんだ?」
はぁ、とマヌケな返事をしてしまい、サンジは失敗したと思う。
案の定、ゾロは気に障ったらしく眉間に皺を寄せた。
「馬鹿にしてんのか?」
ゾロの表情は誰が見ても不機嫌だ。
「お前ねぇ、店を持つって事はハンパないわけよ。ムリムリ。」
何かを誤魔化すかのように、サンジは笑いながら答えた。
夢見たことはある。ずっと強く願っていた夢。
でもそれは夢であって、店など持った事はない。まして、今はコックですらない。
ゾロの中では、『料理をする=コック』と言う図式があるようだ。
「そんなに難しいのか・・・。こんなに美味いのに。」
ブツブツと小言を言いながらサンジの料理に手を付けるゾロを見て、サンジは明日のレシピを思い描いた。
料理とはこうやって描かれるものだっただろうか。
店なんかもてなくても、夢が手の届かない場所だったとしても。
ゾロの言葉だけで十分だと。
サンジはとても温かい気持ちを抱きしめていた。
遠くから声がする。
光なのか暗闇なのか、上から覆いかぶさってくる。
手を伸ばせばふわりと触れるそれは酷く冷たく、また温かい。
声は近くなる。
女はそれを、天使が来たのだと思いたかった。
大切な彼の場所へ導いてくれるのだろうと。
信じてもいない神を思い描き、ひたすらにその名を呼び続けた。
「コックさん、お願い。もう家には来ないでちょうだい。」
サンジの家への珍しい訪問者はロビンだった。
街の中とはいえ、外れにあるサンジの家への道は、街灯はなく夜は真っ暗だ。
ロビンの家はサンジの家から丁度町を挟んだ反対側に位置する。
手持ちランプ一つで、ロビンは一人暗い道を歩いてきたのだろう。
「どうしたんです、こんな夜中に。外は真っ暗ですよ、取りあえず家の中へどうぞ。」
声を掛けるが、ロビンは首を横に振る。
「いつもお昼をありがとう。でも、もういいわ。急にごめんなさいね。だからもう家に来ないでちょうだい。」
ロビンはそう言って、たった一つの灯で照らされた暗い夜道を戻っていった。
ゾロとの事がバレてしまったのだと思った。
胸の中、優しく靡く絹たちが遠ざかっていく。触れることもないまま、どこか遠くへ。
サンジは動く事をしなかった。
扉を閉じる事もせず、暗闇に飲み込まれていくロビンの背中をじっと。
見えなくなっても、じっと。
ずっと動く事をしなかった。
果たしてアレは天使だったのか。神だったのか。
女は何度も自分に問い続ける。
君の悲痛な叫びに心を打たれてしまったよ。彼もそれを願っている、君の願いを叶えよう。
でもね、これは秘密だよ。神様にだって言っちゃだめ。
彼は本当は死んでいるんだから。
それじゃあ、ゆっくり目を閉じて。夢から覚めれば君の望むまま。
でもね。
よぉく覚えておいて。
誰にも言っちゃだめだよ。秘密だよ。
秘密だよ。
天使や神は、そうやって願いを叶えてくれるものだったろうか。