目を逸らしたのはゾロだった。
サンジと繋がっていた視線を瞼で塞ぎ、そのまま俯く。
口を開く事はなかった。
サンジは急に不安でいっぱいになる。
傍にいたいと願っていたのは、自分ひとりだったのだろうかと。
「ゾロ。」
ただ、返事が欲しい。そう思って、名前を呼ぶ。
「ゾロ。」
もう一度。
俯いたまま、その瞼が開くのが見えた。サンジは少し安堵の息を漏らす。
「俺は昔、してはならないことをした。」
口を開いたゾロは、サンジを見ない。
「とんでもなく悪い事だ。ロビンも同じだ。」
だから?
「だから何だ。だから俺といれないって言うのか?」
責める様な口調のサンジに、そっと視線を上げ、再び目を合わせる。
「聞け。」
ゾロの目には力強さと恐れが入り混じっている。
唇の端を噛み締めているのが見え、サンジはやめさせようと優しく親指で撫でた。
「男と女がいた。二人は仲のいい姉弟だった。お互い、支えあう様に生きてきた。」
男と女。ゾロと、ロビンのことだ。
「姉弟・・・だったんだ。」
二人の関係を気にしていなかったと言えば嘘だが、サンジはそれを聞いた事がなかった。
「ある日。二人は悪い事をする。とんでもなく悪い事だ。」
「何だよ。その、悪い事って。」
一呼吸置いて、ゾロが口を開いた。
「死罪を受けなきゃならない様な事だ。」
闇を見つめる様なゾロの目を、サンジは驚きを隠すことなく覗くことしか出来ない。
「だが、死罪は二人の内、一人が受けることになった。」
ロビンとゾロ。二人の内、一人が死罪。
「死んだのは、俺だ。」







サンジは目を見開き、そのまま時が止まってしまったのかと思った。
ゾロは、今何と言った?
死んだ?死んだと、行ったのか?
曖昧に顔を綻ばせ、聞き返すことしかできない。
「もう一度言うぞ、サンジ。俺は死んでいる。」
「何?だって、お前・・・ここに。」
確かにゾロはサンジの目の前にいるのに。こうして触れ合えるのに。
「サンジ。」
ゾロはとても哀しそうな目でサンジを見つめる。
まるで、遠くから。どうしても届かない場所から、見つめることしかできないように。
「お前は、死んだ人間に好きだと言うのか?傍にいろと言うのか?」
「だって、お前はここにいるじゃないか。」
死んだら、もう会えないはずなのに。
サンジは必死に何かを探していた。
ゾロの言うことは理解できない。
しかし、ゾロが離れて行こうとしている。それだけは理解していたから。
キョロキョロと視線の定まらないサンジを、ゾロは静かに見つめることしかできない。
そして、すべてを告げるべきなのだと思う。
もう二度とロビンと、サンジと。三人で食卓を囲むこともない。
ゾロは俯く。そして、自分の着ている服の前のボタンをゆっくりと外し始めた。
ボタンを外し終え、そっとそれを開く。
「サンジ、見ろ。」
サンジはゾロを見る。
ゾロの開いた胸には左肩から始まる大きな傷と、胸のど真ん中に握りこぶし程の穴が開いていた。
穴の中は真っ暗で、でもそれが貫通しているものだと分かる。
「人を呼び戻すのには、肉一握りと心を少しで十分らしいぞ。」
誰がそんなことを言ったのか。
「それが俺の対価だったはずだった。」
でも。参ったことに、対価は払われてないことになる。
「どういうことだよ。」
ゾロの言う言葉を理解できていないため、サンジには目先の質問しかできない。
「お前が、」
サンジが。
「お前が、俺のこと好きだとか言うから。」
そんなこと言うから、心が払えなくなってしまった。
誰かを好きになるという気持ちを、払えなくなってしまった。
「一番必要ないと思っていたから選んだ対価だったのに。」
心の一部。誰かを好きになる心。
もう二度と、ロビン以外の人間とは会わないから必要ないのだと。
唯一の家族である姉を想う気持ちだけあれば、それで十分だと思ったのに。
失敗した。
「俺は、お前のことを好きだと思っちまった。」
だから、さよならなんだよ。

それは約束だから。







そういう、約束だから。