陽が落ちて、空も闇色。
小屋の中は明かりを灯していないから、月明かりに照らされた外よりも暗い。
奥へ行けば行くほど、闇が濃い。
ロビンは静かにランプの灯をつけた。
照らす灯が、部屋の真ん中にあるテーブルに一人座る影を捉えた。
サンジだ。
俯いたまま、じっと動かない。呼吸の気配すら遠い。
呆然と、目の前に広げられた料理皿を眺めている。空っぽの皿達。
ロビンはそれだけで分かった。十分だった。
「コックさん。」
名を呼ぶと、サンジはゆったりと虚ろな瞳をロビンへ向ける。
「・・・ロビンちゃん。」
乾いた唇から、カラカラの声。
「ゾロが、ゾロがね・・・。」
ああ、弟は言葉にしてしまったのか。
「行ってしまったのね。」
「へ?」
ロビンは目を閉じる。
そこには本当に楽しそうに笑い、目の前の男の作った料理を食べる弟がいる。
幸せだと思う。自分も、弟も、間違ってなどいないと信じられる。
「あの子が行ってしまったのなら、私ももう約束を守る必要がなくなってしまったわ。」
話しましょう。全て。そして、これからどうするか。
「あなた自身で決めて頂戴。」







昔々の話になる。
とても仲の良い姉弟がいた。
姉の名はロビン、弟はゾロと言った。
二人はいつだって一緒にいた。
父親に殴られても、母親から罵声を受けても。
いつだって二人は、その小さな身体を寄せ合って生きてきた、はずだった。
ある日のことだ。
いつも二人を殴りつける父親が、その日は殊更酷く暴力を振るった。
見かねてか、珍しく母親が止めに入ったのだ、殺してしまうわと。
しかし父親は止めることなくこう言った。
殺すつもりなのだ、と。
母親は何か叫んだかと思えば、いなくなってしまった。
逃げたのだ。
大きく拳を振りかざし、父親はロビンの顔を殴りつける。
血やら涙やらで、ぐしゃぐしゃだった。
弟は、ゾロは静かに思った。
何なのだこれは。何故こんなことになっているのだ。何をしたのだ。何をしたというのだ。
過ぎてしまった今では、二人を殺すとまで言った父親にすら理由は分からなかったのかもしれない。
いや、そもそも理由などなかったのかもしれない。
事が治まり分かったことは、父親は薬物に侵されていたこと。
母親はどこかへ行ってしまったこと。
そして、弟が。ゾロが、父親を殺してしまったことだった。
姉であるロビンを守る為とはいえ、ゾロは人を殺してしまった。
人を殺せば、その命を持って償うのが、二人の暮らす村のしきたりだった。
ロビンは言った。
私にも罪はあるのだから私も死ぬべきだ、と。
しかし、その言葉は届かない。
一つの命の代償は、同じく一つ。
ゾロ一人の命で洗い流される罪なのだと、誰かが言った。







「そして、あの子は処刑された。」
今でも目に焼き付いている。馬に引きずり回され、殴られ。酷い処刑だった。
「あれはもう、処刑ではなく、村人の退屈を紛わすものだったわ。」
そう言って、ロビンは憎々しく唇を噛み、部屋の隅を睨んでいた。
サンジの暮らす街にはそんな法はない。
しかし、知らない地ではそんな愚かなことが当然の様に存在するのかと思うと、憎くもあり、恐ろしくもなった。
「ゾロは、死んだんですよね?」
「・・・そう、死んだの。殺されたの。」
私の大切な大切な、たった一人の弟。
では、そのゾロは、どうしてサンジと出会うことができたのか。
「コックさん。」
「はい。」
サンジは口に溜まった唾を飲み込んだ。ゴクリと、いつもより音が大きく聞こえる。
「あなたは、神様はいると思う?」
「神様・・・ですか?」
ええ、とロビンはサンジを見ることなく話した。
「私はね、いたらいいのにと思うわ。だったら、私達を助けてくれたかもしれない。」
でも。あれは。
「あの時触れたのは、きっと神様なんかじゃない。」
ロビンはポツリポツリと、独り言の様に零す。
サンジは必死にそれを拾い、一つも取り零さない様、ロビンを見つめ続けた。
「約束をしたの。」
弟が差し出すのは、その身体の肉一握りと、心を少し。
姉が差し出したのは、ただの一人とも共有することのできない弟の生命の秘密。
「そんな、たったそれだけで。」
「そう、たったそれだけで、弟は私の傍に戻ってきてくれた。」
そして、たったそれだけを守ることができずに、弟は消えた。
残されるはずの身体さえも、煙の様に。
サンジは言葉がでなかった。
そんなことがあるのかと、しかし、確かにゾロはここにいた。
身体の芯が震えるのを、ロビンを見つめたまま感じていた。
ロビンもまた沈黙し、部屋はゆらゆらと揺れるランプの灯のみが支配する。
それはまるで笑っている様で、俯くロビンが哀しく見えた。