時間差心中交響曲 #11
タバコの匂いがしない。
そう思って目を覚ませば、見慣れぬ天井だった。ルフィの家だ。
屋上で無様に意識を手放したことは覚えている。それからルフィが運んできたのだろうか。
それなら鍵の開いているであろうゾロの家に運べばいいだろうと思った。
もしかすると、ルフィは気付いたのかもしれない。ゾロが全て思い出したのだと。
ならば一人にするのは危険だと思ったのだろうか。
音を立てないようにベッドから身体を起こし、部屋から出る。
どこもかしこも暗い。あれから大した時間はたってないのかも知れない。まだ夜なのだろう。
暗いが電気を付けずに進む。
少し廊下を歩くとリビングだ。同じマンションで、自分の家と同じ構造をしているためよく分かる。
リビングの扉からは光が一筋漏れている。
壊れてドアが閉まらないと、いつだったかルフィが言っていたのを思い出す。
隙間から覗くと、馬鹿でかい音量でテレビが喚いている。
その前でルフィは胡坐をかき座っていた。
後姿だけではテレビに見入っているようにしか見えないが、違うだろうとゾロは思った。
何かからひたすらに気を逸らしたくて、でもどうすればいいのか分からない。そんな背中だと思った。
壊れたドアを開きかけた方向へ引く。
「ルフィ。」
大音量のテレビに遮られて聞こえないのだろうか。
ルフィは振り向かないし、ピクリとも反応しない。
「行くよ。俺。」
伝わってないかもしれない、伝わっていてあえて知らん振りしているかもしれない。それでもいい。
ゾロはいつもと変わらぬ声で一言ありがとうと言い、ルフィの家を出た。
「ルフィ、テレビ煩ぇ。」
エースはルフィの実兄だ。
仕事の関係で遠出する事が多く、久々に帰ってきては土産を山ほど渡す。そんな兄の突然の帰宅。
しかしルフィに帰るとは連絡しなかった。驚かしてやろうかと思ったのだ。
サンジの自殺以来、ルフィの様子がおかしかったのは父であるシャンクスから聞いていて、
何か突拍子もないことをして気分転換にでもならないだろうかと、気を使ったつもりだった。
「ルフィ。」
ルフィは答えない。大音量のテレビに釘付けだ。
家に帰る途中、家から出たのであろうゾロを見た。その足で屋上の階段を上っていた。
その顔は何かに憑り付かれたかのように一点しか見ていなかったが、何かから解き放たれたかのような解放的な印象もあった。
「いい加減にしろ、ルフィ。」
何かあったのだろう。
しかし、エースは事の一部始終を知らないし、誰かから、それこそルフィ本人から聞いたところで分かる事もないのだと思った。
それほどまでにルフィの纏う空気や雰囲気は異常に感じる。
だから、このままではダメだ、そう思った。
「ルフィ!」
声を荒げたが、反応を返さないルフィにエースはとうとう握りこぶしを上げる。振り下ろそうとしたその時、
「どうすりゃよかったんだよ!!!」
弾けたるようにエースに振り返り喚く。
「どうすりゃよかった!!!ゾロを!!サンジを!!!どうすりゃ繋ぎとめれた!!!!」
俺は何をすればよかった!!!!ああしか思いつかなかった!!!身体が動かなかった!!!怖かった!!!
もうルフィ自身、何を言っているのか分からなかっただろう。喧しいテレビにひたすら向かって自問自答していた。
全てを吐き出そうとしていた。
何が正しかった?どうすることが正しい?
喚き散らした言葉は意味を成さず、言葉ではなく音として消えていく。
カラカラになった喉で不器用に息をする。唾は一滴もでない。
エースにとってこんなルフィは初めてだった。
表情を歪ませて叫ぶ声は、ひたすら助けてくれとしか聞こえなかった。
エースは己の無力さに激しく胸をかき乱された。
「泣いとけ。」
優しく頭に手を添え、荒々しく撫で回す。
答えになってないと思い、ルフィは顔を上げようとするが、力一杯頭を押さえつけられ俯かされる。
「取りあえずお前は泣いとけ。」
泣けば何か分かるのか。泣けば何か変わるのか。否。それでも。
それでも泣き叫ぶことしかできないではないか。
「う・・・うぁ・・。」
枯れた喉で、血を吐くかのようルフィは声を絞り出す。
サンジは死んだ。ゾロも出て行った。何のために、どこへ行くのかは、誰に言われなくても分かっている。
それは変わらないし、変える事などできなかったではないか。
熱い。身体の至る所が熱い。溢れるように流れる涙に気付き、ルフィは声を出して泣いた。
嗚咽で苦しげに呼吸するルフィの頭を、エースは片腕で、強く抱きしめた。
それしかできなかった。
ゾロは屋上へ出る。
階段一段一段上る毎に、今まで世話になった知り合い、仲間、家族の顔が浮かんでくる。
サンジは二人で死ぬつもりでいた花火の日、どういう気持ちでこの階段を上ったんだろうか。
そう思うと、何が楽しいわけでもなく笑ってしまった。
遺書でも残した方がいいのだろうか。
部屋も片付けてしまって、身辺整理とやらをしてしまった方がいいのだろうか。
そんなことを考えていることが楽しくてしかたなかった。なぜだろうか。
屋上へ出ると、微かに星の見える空が広がっている。
夏の生ぬるい風が頬を撫でる。
それがサンジに触れられていたあの頃を思い出し、心地よくて頬が緩むのを感じた。
ああ、俺はこんなにも強く求めている。
そっとサンジの上った手すりに触れる。
やっとここまで来た気がする。
サンジを求めて駆け回った、たった二日三日の日々は恐ろしく長かった、そう思ってほっと息を吐いた。
ゆっくりとした動作で手すりに上り、サンジが落ちた場所を覗き見る。
そこにはもう何の痕跡もない。
サンジの屍があるわけでもなく、羽のようだと思ったサンジの血の跡も綺麗に流されてしまった。
それでも、その暗い穴の下でサンジが手を広げで待っている。
まるで柔らかな布団の上に倒れるかのように、サンジの胸に飛び込んでいく。
暗闇は不気味にゾロの投げ出された身体を飲み込んだ。
痛みは感じない。もしかして、落下中に気絶したのかもしれない。
だって、真っ赤に染まっていった視界にはサンジが両腕を広げて笑っていてくれたから。
『待たせたな、サンジ。』
『いや。じゃ、ま、行きましょか?』
『ん。』
口付けて、手を繋ぐ。二度と離さないように強く握る。
二人で行く先がどんな場所だろうと関係ない。
二人でいる。それだけを二人は求めていたのだから。
ルフィがより一層大きな嗚咽を飲み込んだとき、何かが落ちた音が響いた。
潰れた様な、酷く耳障りな音だった。
冷たいコンクリートに叩きつけられたゾロの身体はバラバラに散らばって、その穏やかな表情を裏切った酷い有様だった。
「時間差心中協奏曲」end
長かった上にオチもなく暗い。読んで下さった方、あなたは天使だ!!
好きという気持ちはどういうものでしょうか。
とても素敵な、とても恐ろしいことのように思います。
でもやっぱり素敵な事なんですよね。そうあって欲しいです。
ありがとうございました。
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