君の黄色い小鳥/8









僕の知らないところででも、君が笑っていればいい。
でも、ほんの少しだけ。その声の欠片だけでも、欲しいと思ってしまう。








ゾロは机を撫でていた。
厳密には、机に彫った小鳥の姿絵。
片目のない、餌取りの下手くそな小鳥だった。
ゾロは毎朝早起きして餌をやった。給食で残したパンを持って帰って来たこともあった。
小鳥はあっという間にゾロに懐き、朝になれば窓ガラスをノックするほどになった。
指を出すと嘴で突付いたり、すり寄ってきたりする。
可愛くて、ゾロは指で頭を優しく撫でてやった。
でも、もういない。
両親が還らぬ人になったと知った時、窓を叩く音も止んだ。
あの小鳥は何を思っていたのだろうと、ゾロは思った。
ゾロ自身は小鳥のことがとても大好きだったのに、小鳥はある日突然消えた。
餌がもらえるから。攻撃してこないから。
そういうことだったのだろうか。
酷く残念に思うけど、嫌いになれない。
小鳥を撫でた時、気持ちよさそうに目を細めた姿を忘れることができない。
机に彫った小鳥の頭を、そっと撫でてやる。当然、小鳥は目を細める事はない。
そういえば。
今日もサンジとまともに話が出来なかった。
否、サンジは必死にコミュニケーションを取ろうとしているのに、ゾロが頑なに拒んでいるのだ。
いつから自分は、ごめんなさいが言えなくなったのだろう。
ゾロは小鳥を一撫して立ち上がった。
サンジにちゃんと謝ろう。ごめんなさいを言って、ご飯は美味しいと言おう。
そして、おやすみなさいと言って戻ってくるのだ。
ゾロは静かに部屋を後にした。


・・・だよ・・れ・・か。
途切れ途切れにサンジの声が聞こえる。
誰もいないのに何を一人でと、ゾロがキッチンを除くと、サンジの目の前にみかん色の毛をした猫が座っていた。
猫と喋ってるのか?
大人のくせにと思うところが多々あったが、そこまでヤバイ奴なのかと、ゾロは中に入る足を止めてしまった。
入り口近くにある大きな観葉植物のおかげで、サンジからも猫からもゾロが視界に入ることはない。
ゾロは耳を澄ませる。
ニャーニャーと猫が言った後、サンジが喋る。それは会話のようだった。

――ゾロはね、本当に優しいんだよ。それにね、笑うと可愛いんだ。
サンジが顔の、いつも髪で隠している辺りを触る。
――俺はさ、この通りじゃん。ろくに飯も食えなかったの。
キュウと、猫の鳴き声ではないような音がした。猫が喉だけで鳴いた声だった。
――そう。俺が死ななかったのはゾロのおかげなの。俺は恩返しがしたいの。

ガタンと、自分を隠してくれていた観葉植物を蹴ってしまった。
猫が信じられないスピードで振り向いた。サンジは驚いて、丸くなる。
ゾロはというと、息も止めて走った。自分の部屋に飛び込む。
何なのだと、ひたすら問いかける。
恩返し?死ななかった?優しい?
あの猫は明らかにゾロに気付いていた。すっと細められた目は、心底ゾロを軽蔑しているように感じたのだ。
サンジはその猫と会話していた。猫はサンジに答えていた。サンジも猫に答えていた。
あれは何だ?何を見た?
ドンドンと心臓が打つ。ゾロはベッドに潜り込んだ。
気付いたサンジが部屋に来るのではないかと、怖くて体全部を丸くした。
いつの間にか、眠っていた。










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ゾロには、猫であるナミさんの声はコトバとしては聞こえません。