空が青い、海よりも鮮やかに。
風が撫でれば、柔らかな波を連れて来る。
心静まる。
穏やかだ。
だから、涙が出そうなんだ。
ゾロ。
あんたは今、何してる?






哀シイ便リノ届ク朝。






1.






静かな船に乱れを生んだのは、突然の訪問者だった。
「エース!!!」
兄弟の名前を嬉しそうに叫びながら、船長は駆け寄る。
飛びついてくる弟に、兄も久しぶりだなぁと楽しそうに答えた。
そんな二人を見つめながら、船員たちはゆっくりと傍へ歩み寄り、それに気付いたエースは、しがみ付く弟を引き剥がし丁寧に頭を下げた。
「どうも、お久し振りです。弟がお世話になってます。」
「前も言ったかもしれないけど、本当にあんた達って兄弟なのかしら。」
笑いながらナミは言う。
「おや、嬉しいねぇ。俺のこと覚えててくれたんだ。」
「いやいや、インパクト強すぎだろ。その辺は兄弟だよな。」
ウソップはルフィとエースを見比べ、意地悪に笑う。
チョッパーも嬉しそうに、俺も覚えてるぞと胸を張って叫んでいた。
「私は、始めましてになるわね。」
そう言って、握手を求めるのはロビンだ。
「ニコ・ロビンよ。」
「あー。お噂はかねがね。」
笑みを崩すことなく、エースはロビンの手を取り、ブンブンと少し乱暴に振った。
それに反応したのはサンジだ。
「あっ!てめぇ、エース!ロビンちゃんの美しい手にっ!汚らわしいぞっ!!!」
消毒しろと、喚き散らすサンジを一瞬吃驚した目で見つめたエースだったが、次には本当に嬉しそうに目を細めた。
「いやぁ、嬉しいネェ。コックさん。」
ロビンの手を握っていたエースの手が、今度はサンジの両手を握り締める。
今度はサンジが驚き、銜えていたタバコを落としてしまった。
「俺の名前覚えててくれたんだー。ロロノア君は俺の名前忘れちゃってたのになー。」
何、愛?愛なの?いやぁ、モテる男は辛いネェ。
その瞬間、船の時が止まった。
「おい。」
「ん?」
「今、何て言った?」
サンジの質問に、へ?とエースは間抜けな答えを返した。
「ロロノアって言わなかったか?」
ベッタリとしがみ付いていたルフィが、緊張した声で問う。
「ああ。三本刀の剣士で、お前んとこにいたあの腹巻き。ロロノア・ゾロだろ?」





それからは大変だった。
船員全員に、エースは質問攻めだ。
どこであった。どんな様子だった。何を話した。何をしていた。
エースから得た情報を元に、昨日までエースが留まっていたと言う港へとゴーイングメリー号は向かうことになった。
「いやー。何かよく分からんけど、お前ら大変だなー。」
「・・・あんたには感謝してる。」
ゾロを、見つけてくれたことを。
急な航路変更に、ナミとロビンは部屋へと篭ってしまった。
ルフィはあれから船首であるメリーの上から降りようとしない。
チョッパーとウソップは上陸に備えて、何やら準備をしているようだ。
サンジはキッチンのテーブルに座ったエースの前にジュースを出してやる。
どうもと、礼を言い、エースは一気にジュースを流し込んだ。
「なぁ。」
「ん?」
「あいつ・・・。」
ゾロは。
「あいつ、どんな様子だった?」
「さっき言ったろ?」
またかよと、一息置き、エースは困った顔を浮かべた。
エースとゾロが出逢ったのは、港町の飲み屋。
腹が減ったと、エースは食事目的にそこへ入ったのだ。
そこで偶然、見たことのある風貌を見つけた。
それがゾロだった。
「あいつ、酒好きなのな。すげぇ飲んでたぞ。」
ああ、とサンジは答える。
酒を飲むゾロの姿を思い浮かべ、少しだけ口元に笑みが浮かんだかもしれない。
「そういや、飯。」
「何?」
「美味い飯が食いたいとか言ってたな。」
ドクンと。サンジは胸が強く脈打ったのを感じた。
「そこで優しいオニーサンは奢ってやるって言ったんだけど、フラれちまった。」
巧く恩を売って、俺んとこの船に引き込もうと思ったのになー、と。
エースはルフィが聞いたら大喧嘩になるだろう事を、サラリと言う。
「ずっとピリピリしてるみたいだったけど。」
「ああ。」
「もしかすると、まともに寝てねぇのかもな。」
「・・・ああ。」
エースから目を反らすかの様に、サンジは目を閉じた。
真っ暗闇の中に、一人歩いていくゾロの背中が見える。フラフラと、覚束無い足取りだ。
逃げるように、サンジは急いで目を開いた。そこには変わらずエースがいる。
「ロロノア君さ。」
「ん?」
「何かあったわけ?この船に乗ってないってのも変だなーとは思ってたんだけど。」
サンジは答えない。
「ま、いいけどね。俺は何にも出来ないし。」
「すまねぇ。でも、あんたには本当に感謝してるんだ。」
「おーおー、いいよ、気を使わなくても。」
エースはゾロにこの質問をしなかったのだろうか?
恐らく勘のいいこの男の事だ、ゾロの様子に違和感を感じながらも不意に探る様なことはしなかっただろう。
自分も大きな仕事を抱えている以上、面倒な事は避けたいと思うはずだ。
それとも、こちら側こそ気を使われているのかもしれない。
お前たちが向かい合うべき事なのだろうと。
「さて、じゃぁ俺はそろそろ行こうかね。」
「あ、もう行くのか?飯ぐらい食っていけよ。」
「いやいや、俺今、進行方向逆走してんじゃん?」
このままじゃ、昨日出たはずの港町に戻っちまうよ。
エースは、ごちそうさんとグラスをテーブルに置き、立ち上がった。
「ルフィには声を掛けて出るよ。」
「ああ。」
「早く、迎えに行ってやれよ。」
「・・・言われるまでもねぇ。」
サンジの答えに、エースが笑う。
「そうだ、ロロノア君に言っといて。」
扉を出ようとしていたエースは、もう一度サンジを振り返る。
「気にすんなって。」
よろしくね〜と、手を振りエースは扉を閉じた。

そうして、突然の訪問者は自らの道へ戻って行った。





next