7.






『おい、コック。』

『何だ?珍しいな。』

『味噌汁の作り方教えろ。』

『は?俺が作るからいいじゃん。』

『作ってみたい。』

『面倒臭ぇな・・・。』

『いいから教えろ。』

『じゃぁ、今度一緒に料理してくれる?』

『う・・・手伝いくらいならしてやる。』

『よし、約束な!!えっとだなぁ、まずダシを取れ。』



あ、ダシを入れるのを忘れたのか。







船尾、いつもの彼の場所。
そこに二人は立っていた。
静かに、動くことが罪のように、二人は向かい合っていた。
サンジは零れそうな想いを塞いでいた瞼を静かに開く。
そこにゾロがいる。
瞬きしたってゾロは消えない。
そこにゾロはいる。
幻じゃない。間違えたりしない。
「俺にはさ。」
サンジは柔らかく微笑み、ゾロに語りかけた。
「俺には、好きな奴がいるんだけど。そいつがさ、凄い奴なんだよ。」
ゾロはサンジの話しを黙って聞き、何も答えようとしない。
「刀を三本も使っちゃってさ。見たことねぇってのな。おもしれぇだろ?」
でもさ、格好いいんだよ。そいつがやると絵になるんだ。
「口は悪くても、性格はまぁ、悪くはねぇよ。ただちょっと不器用で、捻くれてやがる。」
俺もそうだからお互い様なんだけどなと、サンジは照れたように笑った。
嬉しそうに、楽しそうに話すサンジに、ゾロは痛いものを見るような眼を向けた。
初めての、感情の篭った眼だった。
壊れ物を見るような、そんな眼。
「しかしまぁ、そんな捻くれモノの俺でも、ちゃんと愛情表現はしてたわけだ。」
好きだって、ちゃんと言ってた。
「でも、そいつからは結局一度も聞けなかったよ。」
とうとうゾロは俯いてしまう。サンジを見続けることが出来なかったのだ。
しかし、そんなゾロの顔を、サンジは両手で包み持ち上げる。
眼を反らすなと言う様に。
「俺のこと好きって言ってくれなかったけど、俺は知ってんだ。」
そいつが俺のことを凄く大事に思ってくれてることを。
真っ直ぐにサンジを見るようにされていたゾロの眼が、微かに揺れる。
「宝箱の一番奥底に、隠してあるのを見つけたから。」
サンジは、ゾロの揺れる瞳がすべてを語っていると思った。
「だから、俺は決めたんだ。」
もう待ってやらない。お前に選ばせてなんてやらない。
置いてけぼりは懲り懲りだ。
「ゾロ。俺の好きなそいつはな、嘘を付くと眼を合わせてられないんだ。」
きっと嘘が嫌いなんだろう。普段、嘘なんて付かないのだろう。
「そいつは全部眼で語っちまう。だから、眼を合わせてるとバレちまうって分かってるんだ。」
ビクンとゾロの身体が跳ねたのを、サンジは触れる手から感じていた。
酷く動揺している瞳が、可哀想なくらい揺れ続ける。
サンジは触れている両手で、ゾロの頬を優しく撫でた。
そんな哀しい眼をしないで欲しいと思った。
「前も言ったはずだよな?・・・俺を舐めるな。」
それに、ゾロ。
「やっぱりお前は嘘が下手くそだ。」
堪えていた涙が零れてしまった。
サンジのものか、ゾロのものか。
そして、小さく。
きっとサンジにしか聞こえない音で、ゾロは呼んだ。
一体いつから声に出さなかったのだろう。
いつだって、どこでだって。
本当はずっとずっと呼び続けていた名前。







サンジ・・・







あ。そうだよ。
何か忘れてるなと思ったら、あの味噌汁、ダシ取ってなかった。
しまった。コックが食べたらすぐにバレるじゃねぇか。
いや、あいつが食べる前に、ルフィが食べちまうかな。
だったらバレる心配はねぇな。
・・・でも。
やっぱり一口くらいは食べて欲しいもんだな。
コックの料理と比べられたら堪らねぇけど。

あぁ。あいつの作った飯が食いてぇなぁ。







今度は包むだけでなく、ぎゅっと力いっぱいにゾロを抱きしめる。
肩口に鼻先を押し付け、一つになってしまえないだろうかと、そんなことを思った。
ゾロは静かにサンジの名前を呼び続けている。
壊れたレコードのように、ずっと呼び続けていた想いのままに。
愛しげに、大切に。まるで宝物のように、呼び続ける。
「お前、何だよ。また俺のこと忘れた振りしようってか?」
そんなことしなくたっていいのに。
「そんなことしたって、俺がお前を好きなのは変わらねぇってば。」
もういいんだよ、傷付けない様にと、誰かを守らなくたって。
今度は自分を守ってやって欲しい。自分に優しくしてやって欲しい。
「エースに会ったよ。」
抱きしめたゾロが、鼻を啜る音が聞こえる。
サンジは自慢のスーツに鼻水が付くかもしれないなぁと、ぼんやり思った。
「お前、俺じゃなきゃ弱音吐くのな。」
「・・・んなもん吐かねぇ。」
「飯が美味くねぇとか言ったんだろ?それだよ。」
「・・・酒しか飲まねぇ。」
ばーかと、笑ってやる。
「俺はそれが欲しかったよ。これからも、ずっと欲しい。」
「お前の飯が一番美味い。」
「嬉しいねぇ。でも、俺様、ちっとばかしエースにジェラシーなわけよ。」
今度はゾロが、馬鹿じゃねぇのと笑った。
「エースから伝言。『気にすんな』だとよ。」
「ああ、俺、あいつの名前覚えてなかったから。」
ゾロの頭にはルフィの兄貴という認識しかなく、名前を忘れるどころか覚えてもいなかったと。
サンジは笑った。声を上げて笑った。
「あーあ。いいや、ジェラシーはなし。可哀想だなー、エース。」
そう言った後も、まだ笑いをやめないサンジにゾロは、今度は覚えたと口を尖らせた。
その唇にサンジが素早く自分のモノをあてると、ゾロの顔は見る見る赤くなる。
「目つきの悪さに加えて、寝不足の隈と顔色の悪さ。」
また、サンジは笑い出す。
「酷ぇ面。」
「寝たら、忘れちまいそうだから。」
全部。全部。目が覚めたら空っぽで。
自分が気付かないことだけが救いなのか。しかし、そんな救いなどいらない。
サンジはゾロの想いに、哀しい、淋しいと思いながらも笑った。
笑っていたかった。これからも、笑い続けるために。
「もう大丈夫だから。」
俺たちがいるから。俺がいるから。
「お前が忘れたら、忘れてるぞって言うから。」
一番の恐怖が、失ったことすら気付かないことならば。
「一人にしねぇから。だから寝ちまえ。」
深く溜め息を付き、ゾロは頷く。
ずっと、眠りたかったのだろう。
その場でゆっくりとサンジに体重を任せてきた。
サンジはそれを支えながら、静かに座る。
「なぁ、お前。何で海軍に捕まったの?」
「・・・金。」
「ん?」
「酒飲んだけど。金なかった。」
サンジは笑う。
とろりとろりと眠りへ向かうゾロの頭を膝に乗せ、その柔らかな髪を優しく優しく撫で続けた。







ゾロが目を覚ましたら、おはようと言おう。
このまま自分が眠ってしまっても、もう目覚めた時の哀しみはやってこない。
食事の準備に。一人分多く用意してしまう事に、泣き出しそうになんてならない。
目が覚めて、ゾロがいないと告げるものは何一つない。
哀しい便りは届かない。
やってくるのは、想像も出来ないくらいの喜びと、愛しさと、ただ好きだと言う想い。
それはきっと失うことなんてない。
忘れることでは失くせない。
傍にいるだけで生まれる、そんな存在。
だから。
目を覚ましたら、おはようと言おう。
おかえりと、抱きしめよう。















「哀シイ便リノ届ク朝」end



これにて記憶話、もとい『いつも、どこでも。』は完結です。
このお話とは、本当に長い付き合いで、サイト開設からとなります。
とてもたくさんの方からコメントを頂いたりして、私自身いっぱい幸せを頂きました。
もう言い表せないくらいの感謝の気持ちを、読んで下さった方へ。
そして、このお話のルフィ海賊団へ。

帽子屋より(2004.7.11〜2006.7.8)