イツモ、ドコデモ。



「ロビン。紙とペンをくれ。」
その人物は、今はロビンしかいない女部屋に、いつもの難しそうな顔ではなく、歳相応の幼さを感じさせながらやって来た。
そういったものとは無縁だと思っていた人物からの急な申し出に、ロビンは驚いた。
「航海士さんじゃなくて、私に頼むのね。珍しいわ。」
むっと顔が歪む剣士は、あいつはケチだから金を取ると、口を尖らせた。
船に乗り始めた頃からは想像も出来ないほど、警戒心の強い剣士は今、自分を認めてくれている。
ロビンはそれがとても心地よかった。
潮にも強い上質な紙を一枚と、耐水性のインクのペンを差し出す。
ありがとうと、ゾロはそれを受け取った。
「何に使うのか、聞いてもいいかしら。」
「そんなに、俺がこいつをくれってのがおかしいのか?」
「そうね。あまり想像はしないわ。今、初めてかしら。」
クスクスと、からかうようなロビンに、ゾロの眉間の皺は深くなった。
「気にいらねぇから、ここで書く。」
意地を張っているのか、不貞腐れたゾロは、ドカリと床に座り込み、真っ白い紙を睨みながらペンを走らせ始めた。
結び付かない組み合わせだと思っていたが、案外ゾロの字は綺麗だ。力強く、しっかりと自身を訴えている。
椅子に座っていたロビンは、向かいの机に頬杖をつき、柔らかな眼差しでゾロを見つめ続けた。






敵船からは男たちの叫び声が聞こえる。
離れた位置に停滞するメリー号からは船上の様子までは窺えないが、勝負は見えたも同然だった。
飛び交う影はルフィ、駆け巡る影はゾロだ。
メリー号に残るクルー達は、勝利を確信し一息ついた。
その時。
どん。と、酷く鈍い音が聞こえ、船体が大きく揺れる。
波によるものとは別の揺さぶりに、クルー達はそれぞれ船にしがみつく。
「大砲を撃ちやがった。」
「勝てねぇと思って、船だけでも沈めようってか?」
ちくしょう。
ウソップ、チョッパー、サンジが船の損傷を捜して回る。
激しかった揺れは、今は収まっているが、損傷箇所を確認するまでは油断できなかった。船が沈むかもしれないのだ。
ウソップは外側から調べ、チョッパーは舵の様子を見る。サンジは船室内からの損傷を捜した。
「来るわっ!!」
突然の裂くようなナミの声の後、再び。どん。と唸りをあげた大砲がメリー号に襲い掛かる。
先ほどと同じようにうねる様な揺れを起こした。
格納庫を調べていたサンジは、ナミの声が聞こえていたので、すばやく柱に捕まり身体を支える。
しかし、そこいらに散らばっているもの達は、船体の揺れるがまま、右へ左へとゴトゴト暴れまわった。
「当たるなよ、メリー。」
格納庫は異常がない。
散乱したものは後からゆっくり戻せばいい。
次は男部屋だと、ドアへ向かう途中、サンジは蹈鞴を踏んだ。
足元を見れば、ペンが一つ落ちていた。これを踏んで、バランスを崩したらしい。
何故、格納庫にペンがと、不思議に思いサンジはペンを拾う。
すると、ペンの入っていたらしい長方形の小さな箱が投げ出されているのを見つけた。
揺れのせいだろう、蓋が開き、中に収めてあったペンが飛び出したのだ。
引っくり返った箱の下敷きになるように、一枚の紙があった。
綺麗に折りたたまれ、箱と同じ形をしていたため、中身なのだと直に分かった。
紙は、折りたたまれているのに、びっしりと文字が書かれているのが見える。
サンジはその文字に見覚えがあった。
キッチンでレシピを記している時、お前も何か書けとゾロに名前を書かせた、その文字に似ているのだ。
サンジの手は、自然と紙を取り、広げる。こんなことするのは反則だ、そう思うが止められなかった。
普段、ゾロはペンなんか持たない。
字が書けないというわけではないのに、必要ないと言って、名前を書かせるのだって苦労したのだ。
そのゾロが、わざわざ紙とペンを用意して、何を書いていたのか。
それを何故、こうして残しているのか。


刀 和道一文字 雪走 鬼徹
くいな 約束 大剣豪
鷹の目のミホーク 世界一の剣士


文ではなく、単語で書かれているところがゾロらしいと思った。
整ったバランスよい字は、大切そうに書かれていた。
ゾロは、失いたくないものを記していたのだ。
一気には読みきれないこの文字たちを、ゾロはどんな気持ちで書き綴ったのだろうか。
裏も表もびっしりと文字で敷き詰められた紙は、良いものなのだろうしっかりとしていたし、
ペンで書かれた文字にも一つも滲みなど見当たらなかった。
まだ新しいのかもしれないと、サンジは一面の文字を読みきらぬまま、紙を裏返した


ゴーイングメリー号
ルフィ 船長 海賊王 ゴム
ナミ 航海士 世界地図 守銭奴
ウソップ 狙撃手 勇敢な海の戦士 鼻が長い
チョッパー 船医 万能薬 トナカイ
ロビン 考古学者 リオ・ポーネグリフ 黒い女
サンジ コック オールブルー 眉毛


思わずサンジは笑ってしまう。
「どんな覚え書きなんだよ・・・。これ。」
各々の夢。特徴を記しているのだろう。
子どもの書いた落書きを見ているような気持ちになる。
その下には、ロロノア・ゾロと書かれ、自分の夢や船での役割を書いていた。
彼なりに気を使ったのかもしれない。
自分は知らなくとも、他の誰もが知っているのだから。
サンジは汚さないように、紙を折り目の通り折りなおす。
ペンを拾い、箱の中に戻そうと思ったのだ。
これは、見てはならないのだと。見ない振りをすべきものだと。
箱を拾い、折りたたんだ紙を収めようとし、不意にサンジは手を止めた。
箱の底にも文字が綴られていたのだ。


ロロノア・ゾロはサンジを好き


見間違いかと思ったが、確かにそう書かれている。
その言葉は、今までゾロ自身からは直接告げられる事のなかったものだ。
サンジは足がガタガタと震えた。そっと箱を胸に寄せ、ゾロを思った。
大丈夫だろう?
何度でも、ここに戻って来れるんだろう?
俺とお前は、いつだって、どこでだって、何度でも恋に落ちるだろう?




大砲の弾はもう放たれなかった。
ルフィの雄叫びが、晴れた海に響き渡る。
戦闘が終わったのだ。
帰ってくる。
ゾロは帰ってくる。
必ず。






「どうして私の所へ来たの?」
ゾロをジッと見つめていたロビンが言った。
顔を上げ、何のことだと言わんばかりのゾロに、ロビンは机の上にあった飴玉を渡した。
ゾロは飴玉を躊躇なく口の中に放り込む。
「航海士さんがダメなら、いつもコックさんに頼むでしょう?彼なら紙とペン、持っているはずよ?
レシピ用に沢山ノートを買っていたし、ペンも一つしか持ってないってことはないわ。」
ゾロが口の中で遊ばせている飴の味は蜜柑だ。ナミの蜜柑畑で取れたものを加工したのだろう。
甘いが、スッキリしていて爽やかさが口に広がる。
ゾロは舌で飴を転がし、口の中一杯にした。
「ダメだ。」
「どうして?」
「あいつには内緒なんだ。」
まるで悪戯をしている子どものように笑うゾロが、ロビンは酷く愛しい。
「じゃぁ、これは剣士さんと私の秘密なのね。」
声を出さず、静かに二人は笑い合った。






イツモ、ドコデモ。end