夏休み。
学校の終業式が終わって、次の日早速一人電車に揺られるのは慣れている。
いつだって仕事で忙しい父と母は、夏休みと言えど家にはいない。
そのため、夏休みに入ると同時に叔父の家へ行くのだ。毎年毎年そうして来た。
電車の窓から眺める風景は、次に何が見えるか覚えている。
眠ってしまっては乗り過ごしてしまうかもしれない。
じわじわと沁みてくる眠気に耐え、スモーカーは電車に乗る前に買った温いジュースを喉に流し込んだ。
今年もまた、夏を過ごしに行く。













三つの世界とその王国













駅前の商店街を抜けて20分程歩く。
古い町並みに沿って行けば、剣道場でもある叔父の家は建っている。
家と道場を繋ぐ庭には、少し大きめのビニールプールが見えた。
水を溜めている途中らしく、ホースが青い蛇の様ににょろりとプールから伸びている。
プールの中には、小さなバケツと水鉄砲。そして大きなスイカがあった。
「こんにちは。」
開けっ放しの玄関を覗き込むと、ちりんちりんと耳元を擽るような音が聞こえた。
「はいはい。おや、スモーカー君。長旅ご苦労様です、いらっしゃい。」
奥の暖簾を潜り、人の良さそうな眼鏡の男が出てきた。
男の穏やかな顔が、一層穏やかに微笑む。
「叔父さん、お久しぶりです。」
「ええ、春休み以来ですね。どうぞ、中に入ってください。」
家の中は涼しい風が通っていて心地よい。
スモーカーは音をたてない様、そっと靴を脱ぎ、床を踏んだ。
叔父に続いて、部屋の奥へと暖簾を潜る。
「電車は混んでいましたか?」
「ええ。指定席でないと座れませんでした。」
そうですかと、笑いながら居間へと歩いて行く。
スモーカーもそれに続き、居間へと入った。
居間の卓袱台の上には、難しそうな本が数冊。氷の入ったグラスが二つと、算数ドリルが開いたままだ。
「あれ?叔父さん、外にプールが出てたけど、あいつは?」
「ああ、今日は君が来ると分かっていたからねぇ。待っていたみたいだけど。」
さっきまではここに居たんだけどねぇと、台所へ向かう。捜す気はないらしい。
そんな叔父の背中を見送り、スモーカーは廊下を覗いたりと、他の部屋を散策した。
庭と道場を見渡せる軒下。
ちりんちりんと風鈴を揺らす風を受けて、まるで生きているかの様にさわさわと靡く緑の髪。
「おやおや、こんなところでお昼寝してましたか。」
叔父が後ろに立っていたことに全く気付かなくて、スモーカーはびくりと大きく身体が揺れた。
叔父はいつも空気のようで、気配をあまり感じさせない人だ。
はいと、麦茶の入った冷たいグラスをスモーカーに渡し、軒下で気持ち良さそうに四肢を投げ出し眠っている子どもをそっと揺らす。
「ゾロ、ほら。こんなところで寝ていたら風邪を引いてしまうよ。」
優しい揺れは夢を覚ますには穏やか過ぎて、ゾロと呼ばれた少年は笑みさえ浮かべている。
「スモーカー君が来たよ。待っていたんだろう?」
そう言うと、声が聞こえたのか、ゾロはゆっくりと眉間に皺を寄せ、泣き出してしまいそうな顔をした。
いやいやと首を横に振って唸っている。
「叔父さん。いいよ、起きたらまた遊ぶから。」
「そうかい?」
ありがとうねと、叔父はそっとゾロの傍を離れ、タオルケットを持ってきてゾロにかけてやる。
ゾロはまだ泣きそうな顔のままだ。嫌な夢でも見ているのかもしれない。
ゾロをそのままに、スモーカーは叔父に続いて居間へ戻った。
どこもかしこも開きっぱなしの家は風通しがよく、扇風機を使わなくても清々しい風が肌を擽る。
「今日はね、ゾロのお友だちも来るらしいんだ。」
「え・・・あいつですか?」
ゾロの友人と言われ、スモーカーが思い描くのはたった一人しかない。
ルフィと言う、小学3年生であるゾロよりも年下の危なっかしい少年だ。
とにかく放っておいたら何をしでかすか分からない。
祭りに行けば、ものの数秒でその姿を見失う。
近くの川へ釣りに行ったはずが、カナヅチのくせに平気で川泳ぎに変更される。
公園へ行っても、遊具を本来の使い方で遊んでいる様子はない。
怪我も耐えない。自分も他人もお構いなしだ。
「ルフィ君じゃないんですよ。あの子は転校してしまったんです。」
「え?」
「お父さんが外国に行く事になったらしくてね。」
ゾロは随分落ち込んでいたよ。
「そう、なんですか・・・。」
おかしな話だろうが、スモーカーはガッカリしていた。そんな自分に複雑な気持ちが湧く。
スモーカーはルフィと遊ぶゾロを一番心配していた。
ルフィが何かする傍には必ずゾロが居たからだ。
ゾロはいつだってルフィを優先させて遊んでいたが、とても楽しそうだった。
ルフィと遊ぶことが大好きなのだと、ゾロを見ていればよく分かる程に。
ゾロと会うのは春休み以来になる。
学校の大型連休は叔父の家へ世話になるため、自然と叔父の家に住んでいるゾロとも同じ時を過ごすことになっていた。
ゾロは叔父の奥さんの兄弟の子どもらしく、スモーカーとは少し遠い親戚関係だ。
いつも怒ったような顔をしていて、大人たちの前では無口だが聞き分けのよい子どもだった。
いつでも一人だった。友だちがいないわけではない。
一人でいるのが好きなのだろうと、皆は言った。
そんなゾロは年上であるスモーカーによく懐いた。
春と夏と冬にしか顔を見せない、遠い親戚でしかないスモーカーに。
そして、スモーカーはそんなゾロがとても気に入っていた。
「あのゴム以外でゾロの友だちに会うのは初めてです。」
「そうですね。ルフィ君とは本当に仲が良かったから。」
本当のところ、ゾロはルフィに振り回されていただけのような気もするが、そうですねとスモーカーは頷いた。
グラスに入った氷が暑さで溶けて、カランと音をたてる。
グラスの垂らす汗を人差し指で掬って手に馴染ませた。
冷たいのは始めだけで、しかしすぐに乾いてしまって気持ち悪くはなかった。
「新しい友だちは、転校してきたばかりの子なんですよ。」
「へぇ。」
「キレイな青い目をしてね。あまり喋らないからお人形さんみたいでね。」
ゾロはお兄さん気取りでいるんだよと、笑いながら言う叔父の声がとても優しく響く。
柔らかい風が風鈴をすり抜ける。ちりんちりん。
穏やかな空気。そっと目を閉じたくなる、そんな空気。
「スモーカー君。」
「はい。」
「長旅で疲れただろう?ゾロとお昼寝してていいよ。」
「え・・・いや、何か手伝います。」
目を細め、叔父は笑ったまま言う。
「今晩は祭りもあるから、少し眠っておいた方がいいよ。それに。」
目が覚めた時に目の前に君がいたら、ゾロはきっと驚くだろうから。ゾロを驚かしてやっておくれ。
冷えた麦茶を飲みながら、実は欠伸を噛み締めていたことを気付かれていたのだろうか。
叔父は立ち上がり、ゾロの眠っていた横に枕とタオルケットを出してくれる。
「暑かったら扇風機を使っていいからね。私は道場にいるから。」
「はい。」
叔父は足音も立てずに行った。その背中を見送って、スモーカーはゾロの隣に座り込む。
そっとゾロの顔を覗くと、泣きそうな顔はなくなり、心地良さそうに笑いながら眠っている。
今はいい夢を見ているのかもしれない。
叔父の被せたタオルケットを胸まで引き上げてやり、出してもらった枕をゾロの頭に置いてやる。
風が行き届く様、扇風機の首を回し、ゾロの隣に横になった。
そっと、扇風機の風に靡く緑を撫でてやる。
目が覚めたら、プールに入って水遊びだ。それから庭を眺めながらスイカを食べる。
そして、暗くなったら祭り。
毎月貰っているお小遣いを無駄遣いせず取っておいてよかったと、スモーカーはぼんやり思いながら目を閉じた。













少しひんやりして、ふわふわして。
そんな、とても良い肌触りのモノが急にバリリと剥がされた。
驚いて勢いよく起き上がると、隣には相変わらずスヤスヤと眠るゾロ。
「おい。」
え?と、庭を見ると、ゾロと同じ位だろうか、男の子が立っている。
手にはスモーカーが使っていたタオルケットの裾が握られていて、こいつが引っ張ったのだなと思った。
「お前。何?」
「は?」
初対面で何て口の聞き方だ。
「知ってるぞ。お前、魔人・生ゴミゴンだろ。」
「はい?」
「ゾロを連れて行こうったって、そうは行かないんだからな!クソ野郎!!」
あ、俺、大人げねぇ。本気でこいつぶん殴りてぇや。
目の前で喚いている少年を半笑いで見ながら、スモーカーはのんびりと思った。
「ジジィ直伝のフルコースを喰らえ!ばか!!」
ドタバタと履いていたサンダルを脱いで家に駆け上がる。
その間、キチンとお邪魔しますと言う彼に、好感を持ってしまった。
以外と余裕だよなと、我ながら思う。
バシバシと少年は蹴り技を繰り広げる。さながらテレビのアクションヒーロー宜しく。
結構痛い。
『直伝』などと、歳のわりに随分と難しい単語を知っているなぁと感心する。
しかし、ジジィ直伝と言うからには、さぞかし恐ろしい蹴りを繰り出す爺さんなのだろう。・・・想像できない。
「痛ぇな!!!」
目を見て大きな声で怒鳴ると、ビックリして少年は固まってしまう。その瞳は青い。
怯えながら、小さな声でごめんなさいと言っているのが聞こえた。
綺麗いな青い瞳?あれ?
「お前・・・。」
「あれ?サンジ、もう来たのか?」
眠っていたゾロが身体を起こしてこちらを見ている。
サンジ?
「ゾロ!こっち来い!怪獣・あぶーらヨゴレーだ!!」
「さっきと変わってるじゃねぇか!!しかも、誰だよソレ!!!」
「あ。スモーカーの兄ちゃん。」
兄ちゃん?
サンジと呼ばれた少年は青い瞳をいっぱいに見開いている。
「待ってたぞ!遊ぼう!!」
そう言ってゾロはスモーカーに抱きついた。眠っていたせいか、それとも子ども特有の体温か、熱い。
「うわぁぁぁぁ!!ゾロが、野菜妖怪・クサッターにやられるー!!」
「だから、誰だよソレ!!!」


『キレイな青い目をしてね。あまり喋らないからお人形さんみたいでね。』
・・・叔父さんの嘘つき。













少年の名前はサンジ。
道場の近所に新しくできたレストランの息子だそうだ。
ああ、だからさっきから台所関係の怪人やら魔人やらだったわけね。
サンジは、全く喋らなかった。
さっきの様子からでは想像が出来ないほど物静かにしている。
叔父さん、さっきは嘘つき呼ばわりしてごめんなさい。
「俺の名前はスモーカーだ。」
「スゲェ強いんだ!俺より強いんだ!!」
でも、絶対兄ちゃんより強くなるけどなと、ゾロは笑いながらサンジに話す。
サンジは、ゾロへはニコニコと笑いながら答えるが、スモーカーに対してはジッと冷たく睨んでいた。
ははぁん、人形さんね・・・。
「おや、騒がしいと思ったら、サンジ君来てくれたんだね。」
小さな声で、こんにちはと言って深く頭を下げるサンジ。
「叔父さん、プール!!プールは水溜まってるよね?ね?」
「そうだね。ゾロがお昼寝してるうちに、満タンだよ。」
「やった!!サンジ、水着持って来たか?」
そんなこと聞いていないと言わんばかりに驚いて、サンジは無言で首を振った。
「何だよ、しかたねぇなぁ。じゃぁ、俺の貸してやるから付いて来い。」
走り出したゾロの背中を、嬉しそうにサンジは追っていく。
「・・・さっきと全然態度が違う・・・。」
「?スモーカー君??」
「何でもないです。俺も水着に着替えます。見てた方がいいですよね?」
「一緒に遊んでやってくれると喜ぶよ。風が冷たくなる前には上がっておいで、スイカを切るから。」
はいと答えて、持ってきた荷物をゴソゴソと掘り進む。
海パンとゴーグルを見つけだして、急いでそれに着替えた。
恐らく準備運動もせずに飛び込むであろう二人が来る前にプールの前で待っておかねばと、スモーカーは思ったのだ。













被る必要のないビニール帽子に、これまた必要のないゴーグル。
海パン一丁で仁王立ちの、年長さんスモーカー。
まだ未発達の身体には似合わない筋肉のつき方が、ゾロにスモーカーが強いと思わせている。
そんなスモーカーを目の前に、同じく海パンを着た低学年組み二人。
背筋を伸ばして、さながら軍隊の物真似の様に立っている。
「いいか、二人とも!」
「おう!」
「・・・。」
答えないのはサンジ。
「俺は隊長だ!隊長の言うことは絶対だ!!」
「おう!」
「・・・。」
同じく、答えないのはサンジ。
「プールに入る前に、しなければならないことがある!!」
「お、おぅ?」
「・・・。」
もう誰が無言か分かるでしょう。
「それは何だ!?」
「え?入る前・・・。」
「・・・。」
オロオロと考えるゾロ。目の前のプールに一刻も早く飛び込みたい気持ちと交じり合って、一層訳が分からなくなっている様子だ。
「・・・準備体操。」
ぼそりと、本当に小さな声でサンジが答える。もしかすると、ゾロに耳打ちしようとしたのかもしれない。
ゾロはサンジの答えを聞いて、そうかと表情を煌めかせた。
「準備体操!準備体操だ!!」
「ピンポーン!では体操を始める。二人とも、俺に続け!!」
「おう!」
「・・・。」
ノリノリのゾロと、答えないくせにゾロと同じように身体を動かすサンジ。
ラジオ体操の第一体操を終え、ホースからの水をゾロとサンジの足元からかけてやる。
冷たいのかゾロは、きゃあきゃあと喜んでサンジの顔に水飛沫をかけ、サンジはそれを一生懸命拭っているが嫌がってはいなかった。
そんな二人を見て、スモーカーは自然と笑みが浮かんでくる。
「よし、隊長命令!!」
「おう!」
「・・・。」
サンジは相変わらず答えない。
「今から俺がいいと言うまで、プールに入ることを許可する!」
「きょか?」
「・・・入ってもいいんだってさ。」
サンジ君、説明ありがとう。
「隊長!」
「何だ!ゾロ隊員!」
「隊長がダメって言ったら入っちゃダメなの?」
「そうだ!」
「何で?」
「隊長は強くて偉いから、言う事を聞かなきゃダメなんだ!」
「あ、そっか。」
本当は、身体を休めるために休憩を取らせようと思っているのだが、こう言えばゾロは必ず納得する。
ゾロにとって、スモーカーの言う事は全て正しい事として解釈される。
「よし。では、作戦開始!!二人とも、プールへ飛び込め!!」
「おう!」
「・・・。」
決して広いとは言えないプールだが、小学校低学年の二人なら十分だ。
スモーカーはホースからの水を自分の身体にかけながら、庭にある石の上に座って二人を見ている。
片手には杖のような木の棒を持っていて、ゾロに隊長の武器だと渡されたものだ。
プールの中で、ゾロは水鉄砲を使ってサンジに攻撃している。
サンジはゾロに背中を向けて攻撃を防ぎ、小さいバケツに水を汲み、勢いよく振り返るとゾロの胸元にバケツの水をかけていた。
そんな攻撃きかねぇと、ゾロはサンジの顔を狙って水鉄砲を撃つ。
ゾロは強いからかなわねぇと、サンジはゾロの顔には絶対に水をかけようとしない。器用な程に。
「お兄さん気取り、ね。」
ふっと、スモーカーは笑う。
自分には二人の関係は全く正反対に見えるなぁと、胡坐に頬杖をついて二人を眺めていた。
「兄ちゃん、水がなくなる。」
「お前ら暴れすぎなんだよ。」
満タンに溜めてあった水が、二人が暴れる事によって溢れて随分減っていた。
スモーカーはホースの先を潰して勢いよく水を出すと、綺麗な放物線を描きながら丁度プールに水が入る様よく狙う。
「秘技、隊長シャワー!!」
ゾロの頭、サンジの頭を交互に狙って水をかけてやると、二人はわぁわぁと狭いプールを逃げ回ったり、潜ったりしていた。
そして、隙を見て少し離れた場所のスモーカーを水鉄砲とバケツで狙う。
休憩を取ろうと思っていたことなど、スモーカーはすっかり忘れてしまっていた。













肌寒い風が吹いてきたと思って空を見上げると、明るいが少しオレンジ色を帯び始めている。
「三人とも、そろそろ上がっておいで。」
叔父が切ったスイカをお盆に乗せて軒下まで来ていた。
その様子をみて、スモーカーはしまったと思い、急いで号令をかける。
「隊長命令!!」
「おう!」
「・・・。」
いい加減、答えてくれないかなぁ。少し切なさを感じてきた。
「任務終了!これより、作戦B『スイカを食べる』に移る!!」
「おう!!」
「・・・スイカ。」
サンジ君。微妙な反応だ。
「各自、身体をしっかり拭いて、頭もしっかり拭いて、着替えて軒下集合。作戦開始!!」
「おう!!」
「スイカ!」
スイカには興味深深か・・・サンジ君。
プール脇に並べてあったサンダルを履いて、タオルで身体を拭きながら部屋へと走っていく。
ゾロの背をサンジが追う姿は同じまま。
サンジの履いている水着に、『ろろのあ』と名前が入っていて、なぜか笑ってしまった。
すれ違い様に、水着は洗濯機に入れておいてねと叔父が言い、サンジは元気よく、うんと答える。
だから何で、そんなに態度が違うかな・・・。
スモーカーはプールをひっくり返して、乾燥させるために家の壁に斜めに立てかけた。
「ああ、後の片付けは私がやっておくから、スモーカー君も着替えておいで。」
「え?いえ、俺濡れてるからついでに片付けますよ。」
「身体が冷えてしまうから、ほら、早く着替えておいで。」
「あ、はい。」
叔父は厳しい人だと聞く。しかし、同時に底なしに優しいとも。
年下のゾロやサンジと遊んでいると、自分は年上なのだからしっかりしなければならないのだと思う。
しかし、叔父にとってはそんな自分もまだまだ子どもで。
自分が子どもなのだと思い知らされて、少し悔しいけれど、少し擽ったい。
そして、それに甘えたいと思ってしまう自分は、本当にまだ子どもなのだと思う。
部屋の奥では、ゾロの髪をサンジが拭いてやっていた。
その表情は人形なんかじゃなく、まるで大切なものを愛でる様な、そんな。
「スイカ、一番大きいのは俺のな。サンジのは、俺の次に大きいの。」
「いいよ。」
サンジがタオルを除けると、まだ水分を吸った髪の毛がピコンと立ち上がった。
その髪に優しく触れ、そのまま頭を撫でる。ゾロは気持ち良いのか、目を瞑っていた。
そんなゾロを、サンジはギュッと抱きしめる。
「ゾロは良い子。」
えへへと嬉しそうに、ゾロもサンジの背に手を回した。
不思議な、柔らかい空気が二人を包んでいると思った。
それが二人の中で、世界の全てなのだと。そんな気持ちすら想い描いた。













「知ってるか?兄ちゃん。」
「何を?」
「今日は祭りなんだ!!」
「へぇ。」
しゃくしゃくと瑞々しい音をたてながらスイカを齧り、喋る。
先ほどまではサンジが、叔父にどうやってあんな大きなスイカを切ったのかと聞いていた。
サンジの爺さんは教えてくれなかったらしい。それで興味深深だったのだろう。
レストランの息子としては、喜ぶべき成長の方向ではないのだろうか。
会話からも料理に興味があるのだと匂わせる。・・・怪獣とか魔人だけど。
「兄ちゃん、祭りなんだよ。」
「ああ。」
「祭りだよ!」
「だから?」
もう!分からないのか?と、ゾロは一人でブリブリ怒っている。それでもスイカを食べる口は止まらない。
「保護者が必要なんだよね、ゾロ。」
「そう!ほごしゃ!!」
叔父の言葉を、いかにも自分の言葉だと言わんばかりに叫ぶゾロ。口の周りがスイカの汁でベタベタだ。
「私は、今日は道場ですることがあるから、スモーカー君付いて行ってやってくれないかい?」
「そういうことだったんですか。もちろん大丈夫です、付いていきます。」
ゾロの言っていたことでは、祭りだから何だ?としか思わなかった。通訳が必要だ。
「サンジも行こうな!俺と行こうな!!」
ベトベトの口のまま、ニコニコ笑って言うゾロに、サンジも笑って頷く。
おやと、叔父が不思議そうな顔をした。
「ゼフさんと行くんじゃないの?」
「・・・オーナーは今日、店は閉めないって言ってたから。」
「ああ、そうか。」
どうやら、ゼフさんとはサンジの言う、凄い蹴りを放つというジジィのことらしい。
しかも、レストランのオーナーでもある。
店を閉めないということは、店から出れないと言う事。
じゃぁ、ゾロと一緒に祭りに行くと電話しておくよと、叔父が言う。
叔父の前ではジジィとは言わないあたりが、良い性格してやがるコイツと、口に含んだ種を庭に向けて噴出しながらスモーカーは思った。
「スイカを食べたらお風呂に入っておいで。サンジ君の分も浴衣を出しておくからね。」
はーいと、元気よくゾロは答え、サンジは小さな声でありがとうございますと、答えた。
そのまま叔父は奥へと戻り、早速ゼフさんに電話をするらしい。
「兄ちゃん、リンゴ飴買おうな!」
「でっかいぞ。食べれるか?」
「サンジと食うから大丈夫だ!!」
な!とサンジに笑いかけ、嬉しそうに頷くサンジ。
「綿飴も欲しいし、カステラも欲しい!」
「食いモンばっか。」
「ぜーんぶ、サンジと食べる!兄ちゃんも食うか?」
「そうだな、貰う。」
「いいぞ!その代わり、夏休みの宿題やって。」
「じゃぁ、いらない。」
「えー!!!」
ブーングのゾロにサンジが、俺が手伝うと言っているのが聞こえる。指きりまでしていた。
何となく感じること。
サンジのゾロに対する態度。スモーカーに対するサンジの刺すような視線。反応。他人への警戒心。
プールから上がった後の、あの柔らかな空気と、二人の笑顔。
ゾロはどうだか分からないが。
もしかすると、サンジは。
ぷっと音を立てて一際遠くへ種を飛ばすと、凄ぇとゾロが大声で喜んでいた。













祭りになると、どこからこんなに人が集まるのかと思わせるほど人が集まる。
大して大きなイベントがある祭りでもないのにと、スモーカーは周りを見渡した。
出店同士を繋ぐ提灯の道をブラブラと三人で歩く。
迷子にならない様にと、スモーカーを中心に、左にゾロ、右にサンジで手を繋いだ。
「俺たち兄弟みたいかな?」
ゾロはカラカラと下駄を鳴らしながら歩き、ずっと楽しそうに笑っている。
「んー、かなぁ。」
傍から見れば、確かに手まで繋いで仲の良い三人兄弟だろう。似てはいないが。
「サンジは?俺たち兄弟みたいだよな?」
「魔王・カビた食パーンを除けば。」
「お前、いい加減にしとけよ・・・。」
大人がいる時は人見知りするのか黙り込むくせに、いなくなればコレだ。
スモーカーは二人にバレない様、溜息を付いた。
「兄ちゃんは敵じゃねぇぞ、サンジ。」
突然のゾロの言葉に、サンジは黙ってしまう。
「兄ちゃんは魔王じゃなくて、正義の城の王様なんだ!」
で、俺が二番目に強い王様!でも、もうすぐ兄ちゃんより強くなるんだ。
「サンジは俺の弟で、俺の次に強いの!」
頑張れば王様より強くなるけど、俺よりは強くなれないの。
「でも大丈夫だぞ。俺が守ってやるからな!」
楽しそうにそう言って、リンゴ飴を見つけたとゾロは走って行ってしまう。
サンジはそんなゾロの背を追うことはなく、じっと見つめていた。
ああ、やっぱり。こいつは、サンジは。
「ゾロは、ああ言ってるけどさ。」
サンジの手を握り締める。すると、サンジがスモーカーに視線を向け、その顔を見上げた。
「俺は確かに一番強い王様だけど、ゾロは王様じゃねぇなぁ。」
サンジと目を合わせる。本当に綺麗な、澄んだ青。
ニコリと笑って、サンジの耳にそっと告げる。
そっと。スモーカーとサンジの、ゾロへの秘密。
それを聞くと、サンジは初めてスモーカーに笑いかけた。
綺麗な人形。綺麗な青。でも、誰からも愛される、そんな笑み。
きっとゾロも、サンジのこの笑顔が大好きなんだろう。
「ほら、ゾロが迷子にならない様に手を繋いでやっててくれよ。俺は後ろから見張ってるから。」
「分かった、王様!!」
ゾロの背を追って走っていくサンジ。下駄の音が弾んで、嬉しそうに唄っている様だ。
リンゴ飴を見ていたゾロの隣に止まって手を繋ぐ。
二人でどれにするか選んでいるのだろう。何やらクスクス笑いながら話している。
少し離れた場所からその背を見て、ゆっくりと二人を追う。
今年も楽しい夏休みになるだろうと、スモーカーの下駄の音も心地良く、カランと鳴いた。





『ゾロはお姫様だから、お前にはお姫様を一番近くで守れる勇者になってもらわなきゃな、サンジ。』
大事な子への、大好きな子への、秘密の想い。













三人だけの、小さな世界。
王様と、お姫様と、お姫様を守る勇者様だけの国。
全く違った三つの世界のたった一つの王国。たった一つの城の中。
世界を見失う、その日まで。













「三つの世界とその王国」end






「夏=プール=裸」「夏=夏休み=祭り」という図式は、私のみだろうか・・・。(笑)
3人の夏休みの始まりを、少しでも楽しんで覗いていただけたなら幸いです。
裸祭りと騒いでおきながら弾けていない気がしますが、私は書いてて凄く楽しかったです。
お手を繋いでくださったミナトさん、ゆんさん。本当にありがとうございました!
読んでくださった方、本当にありがとうございます!
夏が嫌いという方も、好きという方も、どっちでもない方も、少しでも楽しんで夏を過ごせればいいなぁと思います。うひ。

帽子屋より