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スロウ・テンポ
コックの朝は人一倍早い。
クルー全員の食事による健康管理その他諸々を請け負っている以上、手を抜く事など出来やしないからどうしたって仕事は押せ押せで、そうすれば必然的に寝る時間も遅くなってしまう。何せ、この船のコックはサンジただ一人。料理の下拵えから後片付けからを何から何まで一人でやるには、流石にちょっと時間が足りない。それでもだからといって他の人間に手を出されるのは嫌なのだから我ながら始末が悪いと言うかなんと言うか。
けれど今はまだ上手くペース配分が出来ないだけで、きっと近い未来には要領よく切り回していけるだろう。それだけの自信も勿論、持っている。
「さて、と」
今日も1日忙しく立ち働いて、ようやっと明日の朝食の仕込みも終わった今、ふと時計を見遣れば既に時刻は夜の1時を回ったところだった。
とりあえずは一日の仕事の終わりに一服を。料理をしている間サンジは煙草を吸わないから、この一服は又、格別なものだ。思い切り伸びをすれば、肩と首がぱきりと乾いた音を立てた。
明日の朝も早い。
「…流石に寝るか」
キッチンの灯りを消せば、夜の帳が舞い降りる。消えたランプの代わりに今度は、丸くて大きな月が辺りを照らした。
柔らかく、優しい光が静かな甲板に降り注ぐ。綺麗な月だ。明日もきっと晴れるだろう。
男部屋へと降りる梯子がギシギシと五月蝿く鳴ったけれど、そんな音ぐらいでは誰も目を覚まさない。
闇に慣れた目が捉えたのは、各々のハンモックで身体を投げ出して眠る男達。その寝相は個々様々だ。チョッパーはウソップの懐に潜り込むようにして寝ているし(ウソップは案外寝相が良いのでチョッパーも遠慮なく潜り込んでくるらしい)、ルフィはよく手足が痺れてしまわないものだと感心してしまうぐらいこんがらがって眠り込んでいる。やはりゴム人間は普通の人間と痛覚が違うのだろうか。もしも自分だったら、目が覚めた後、きっと痺れが切れてとてもじゃないけど動ける状態ではない筈だ。
腹からずり落ちた毛布を掛け直してやり乍ら、ふとソファに目を向けると、そこにはゾロが眠っていた。
剣士で戦闘員という役割上よく怪我をするゾロの指定席は、いつの間にかハンモックではなくソファになった。その方が治療しやすいとチョッパーが言った所為でもある。ウソップが改良を加え、なんとか大の男が眠れるような代物になったものの、狭いことに変わりはなく、ゾロはいつも長い手足を持て余すようにして眠っていた。いっそ甲板で寝た方が余程いいのではないかとサンジなどは常々思っているのだけれど、それをチョッパーに言ったら「そんなことしたら風邪、ひいちゃうだろ!」と猛反対された。馬鹿は風邪ひかないだろ、と、ゾロを見乍ら言ったらその後、お決まりの大喧嘩に発展してしまい、二人共ナミから拳骨を頂戴した。…考えてみれば一緒に航海を始めてこの方、一日だって喧嘩しない日があっただろうか。
同い年の癖にやたらと冷静で、かと思えば時々とんでもない馬鹿で、格好つけで、でも刀を持って立っている時は本当に格好良くて。
なんだよ、同い年かもしれないけど、俺は早生まれなんだから本当は俺の方が年上なんだからな。
子供っぽいと思い乍らも、べえと舌を出し乍ら健やかに眠るゾロの鼻をきゅっと摘んでみる。ほんの意趣返しのつもりだった。
「…ふが…」
むずかるように、嫌がるように。ゾロが緩く頭を振ったそのとき。
それは本当に偶然の出来事だった。所謂、不可抗力だ。きっと神様が余所見をしていたに違いない。まさに魔が差した瞬間だとしか。
触れた。触れてしまった。
ゾロの唇が、掌、に。
一瞬、頭が真っ白になった。
そうして気が付けば、どういう訳だかサンジはゾロの唇をしっかりと塞いでしまっていたのだ。
…自分の唇で。
それは思いがけなく柔らかだったゾロの唇の感触の所為だったのかもしれないし、あたたかく掌に触れた吐息の所為だったのかもしれない。
ともかく本当にどういう訳だかうっかり気持ちよかった所為で、舌まで入れそうになったところで、漸くサンジは正気に戻った。目の前にはこれ以上ないくらい近くに迫ったゾロの、顔。
「!!!!!!!!!!」
声もなく飛び退ってゴシゴシと口元を拭う。急速に顔に熱が集まっていくのが自分でも判る。
ここが暗闇で良かった。ていうか、誰も起きてなくて良かった!
まさか、俺が、ゾロと。
そろりそろりとソファに近づいて耳を澄ませてみれば、穏やかな寝息が聞こえるばかり。どうやら先程の行為もゾロの眠りを妨げるには至らなかったらしい。良かった。一安心だ。とりあえず真夜中の大乱闘は避けられた訳だ。
……………。
いや、待て。良くない。全っ然、良くない。幾ら最近ご無沙汰だからって、よりにもよってなんでゾロなのだろう。(いや、勿論それがルフィだって、ウソップだって、チョッパーだって御免だが)
ラブコックともあろう者が!
しかも、一番良くないのは…。
ゾロとしたキスが全然嫌じゃなかったって事だ。
結局、夕べは一睡も出来ないままに終わってしまった。眼を瞑ればなんだか恐ろしい夢を見てしまいそうで、恐かった。仕方なくいつもより随分早い時間から起き出して仕事を始めたのだけれど、既に早朝の時点で今日一日分の食事の下拵えまで終えてしまってすることがもう無くなってしまった。
東の空から登る太陽が眩しい。
睡眠の取れていない身体は疲労を訴えるが、精神だけは異様に昂ったままでどうにも眠れそうになかった。
「はぁ……」
朝食後、カチャカチャと使用済みの食器を洗う間も頭を占めるのは、あの憎たらしいマリモのことだ。
一体どうして。
昨日まではこんなことはなかったのに。
うっかりしてしまったキス。あれが問題だったのだろうか。
ぐるぐると頭を回る。忘れられない。
唇が柔らかかったから?
吐息があたたかかったから?
部屋が暗かったから?
それとも……。
ゾロが好きだから?
……好きだから、だって?!!
そのまったく考えるだにしなかった可能性に、サンジはまるで雷にでも打たれたかのような衝撃を受けた。
馬鹿な、そんなことってあるだろうか。
俺が、俺は、俺、俺……。
クルリと振り向いた先、キッチンのテーブルでは夕べからぐるぐるしっぱなしのサンジの気も知らずに、ゾロがウトウトと船を漕いでいる。昨日の夜も気持ち良さそうに眠っていたくせに。
こちとら夕べは一睡もしていないのだ。
俺の気も知らずに、と、八つ当たりだとは判っていながら、それでも頭にくるものは仕様がない。
ツカツカと靴音をたててテーブルまで歩み寄っても、他者の存在にすっかり慣れた獣は、殺意や敵意さえ持っていなければそれでも眼を覚ますことはない。初めの頃に比べれば大層な変わりようだと思う。
そうだ。思えばずっと。もうずっと、なんだかんだ言い乍ら、自分はこの男のことばかりを見ていたんじゃないか。
なのにそれを打ち消すように、言い訳ばかりを並べ立て、好きじゃないのだと自分に思い込ませようと、そう。
そんな無駄な努力も何もかもが、昨日の口接けでパァだ。
「おい、クソ剣士」
肩に手を掛けて覗き込むと、まだ覚醒しきっていないぼんやりとしたゾロの眼にサンジの顔が映っていた。酷く真面目で滑稽な顔をしていると、まるで他人事のように思った。
「ゾロ」
暗い男部屋じゃない。
相手は眠っている訳じゃない。
勿論、至って正気だ。
それでも俺は…こいつと、キスが、出来る。
殴られるかと思ったけれど、予想に反してゾロの両腕は依然、テーブルの上に行儀よく置かれたままだ。
調子に乗って舌まで入れようとすれば驚いたことに、唇を薄く開き、招き入れてくれさえした。
もう無我夢中で、昼間だという事も、ここがキッチンであるということも忘れて、サンジは口接けにのめり込んだ。
ちゅ、と軽い水音をたてて唇は離れた。散々良いように貪った所為で、ゾロの唇はぽってりと紅く色づいている。自覚したばかりの気持ちが一気に加速していくようだ。若いということはまったく恐ろしい。
「……驚かないんだな」
慣れているのだろうか。
余りこういったことは得意ではないのではないかと勝手に思い込んでいたけれど。
「初めてじゃないからな」
勿論、初めてだなんて思っていた訳ではないけれど、面と向かって言われれば多少なりとも傷付くのが人情というものだろう。
あからさまに動揺の色を見せたサンジにゾロはニヤリと笑ってみせた。
「2度目」
「……は?」
2度目って。
まさかまさかまさか。
「おまえ、あれ、起きてたのかよ?!!!!」
ああ、なんてことだろう。
初めっから、もう逃げ場なんて何処にも無かったのだ。
まさかゾロが気付いていたなんて!
………。
あれ、でも…ということは。
「…おまえ、起きてて…なんで俺にキスなんかさせたんだよ」
「は……?」
一瞬後、今の今まで余裕綽々といった態で笑っていたゾロの顔が、面白いように真っ赤になった。
今は真っ昼間で。
何もかも丸見えで。
まるで互いの気持ちさえも透けてみえるよう。
今更乍らに気付いた感情を持て余して途方に暮れる二人を他所に、海は今日も穏やかだった。
20060711
うひゃー恥ずかしい二人でスミマセン!!こんなんでも祝う気は満々☆ですから!
帽子屋さんにはホントにいつもお世話になっております。
構ってもらったり、遊んでもらったり、ホントに感謝感謝です。
どうかこれからも独特の帽子屋さんワールドを発展させていってくださいね!
まだまだサンゾロ!お互い突っ走りましょう!!
…そんでとりあえずまたチャットしましょうネ☆
ミナト タツキ
●帽子屋の叫び●
あわわわわ。とてつもなくお世話になりっぱなしなミナトさんから頂き物だっ!!
どうしよう!何かお返ししなくちゃ!!
ミナトさん、身体でお返しします!!←キモっ!
・・・すみません。
こんな可愛い二人を頂いちゃったら、おかしくもなっちゃいますよね☆
え?元から??
そんな〜ミナトさ〜ん。
えへへ、もう変でも何でもいいや。(いいのか?!)
ミナトさん、本当にありがとうございます!私は何て幸せものだー!
はい!これからも、突っ走りましょう☆
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