目が覚めて、目の前にあったのは白い光と、緑の髪の男。
誰だ?と聞くと、男は言葉を選ぶようにゆっくりと答えた。

俺の名前はサンジ。
お前と一緒に暮らしてる。
お前の・・・恋人だ。

そう答えた男が今にも泣き出しそうな目をしていて、ひどく愛しいと思った。










げては、すき間かぜ










目覚めて随分経つというのに、自分は未だ外に出ることをしていなかった。
何も覚えていない自分に恋人だと名乗る緑色の髪の男は、まるで自分の事の様に話を聞かせた。
自分の名前はゾロと言うらしい。
剣士で、世界一を目指していると言う。
この家は、この小さな島に唯一ある村とは間逆の海岸沿いに立てられていると聞いた。
窓からは砂浜が見えていて、その先には青い海が広がっている。
まるで絵に描いたような景色のそれには惹かれるが、頭痛が酷くてベッドから出ることも億劫なまま、今に至ってしまった。
恋人だと言ったサンジはよく外へ出かけたが、どうやら庭にある畑で働いているらしく帰ってくるときには泥だらけになりながら野菜や果物を持ってくる。
俺はコックなんだと誇らしげに言い料理を始めるが、いつも酷く時間が掛かり、出てくる料理はただ火を通しただけのものだった。
そのことは自分でも気付いているらしく、二人でいただきますと言った後には必ず申し訳なさそうな顔をする。
だから自分は、サンジがコックだと言うのは嘘だと気付いている。
しかし、問いただすことはしない。
言ってしまえば、サンジが泣き出してしまうのではないかと思ったのだ。
家の中はベッドが一つしかなく、眠る前にサンジは向かい合うように横になり手を繋いでくる。
そして、一つ一つ忘れてしまった事を話してくれるのだ。
大の男が二人で恋人ごっこかと不思議に思ったが、気持ち悪いとは微塵も感じなかった。
むしろ心地良いとすら思う。
その時のサンジはとても温かく、自分たちは本当に恋人だったのだろうと思った。
話を聞いたところで記憶は欠片も戻らないが、とても気になる言葉はある。
サンジが目指すと言う『オールブルー』だ。
どこか惹かれ、もっと話してくれと頼むが、サンジは静かに笑い同じ言葉を繰り返すだけだった。

オールブルーは全ての海の集う場所。
そこには世界中の魚たちが当然のように住んでる。
俺の夢は、オールブルーを見つけることだ。

夢を語っているはずのサンジの目には、いつも薄い膜が張っていた。
しかし、記憶のない自分はサンジが何故泣きそうなのか分からなくて、その柔らかい緑の頭を優しく撫でることしかできない。
夢が海ならば、なぜ海へでないのだろうか。
自分も、世界一を目指すのならなぜここに留まる必要があるのか。
サンジと自分は、ところどころが矛盾している。









今日もまたサンジは畑で作物を弄っているようだ。
窓から覗くがサンジの頭は保護色で、辛うじて動いている緑色が見えるのみ。
「サンジ。」
意味もなく呟く。
サンジ。
彼は本当にそんな名前だっただろうか。
目を開けたときに初めて見たはずの彼の顔は、同時に大きな安心感ももたらした。
サンジだと名乗ったはずなのに、そう呼んでも一度では振り向いてはくれない。
名前の違和感。
夢を語る彼の優しい口調と、それに似合わない彼の料理。
何よりも、ベッドの隣に立てかけられている三本刀。
大剣豪を目指す、自分の相棒だといった。
それが本当なら、自分はこうなるまではこいつらを振り回してたことになる。
なのに全く馴染んでくれない。むしろ、刀達は拒否しているように感じた。
頭がイカれても、身体で覚えているものではないのだろうか。
サンジの言う事は、何かおかしい。違和感が拭えない。
そんなことを思っていると、窓越しに、サンジが小屋に向かって歩いてくるのが見えた。
手には畑で取れた野菜の入った籠を持っている。
「おかえり。」
窓越しに迎えると、嬉しそうに笑う。
ただいまと、少し頬を染めて答える。
恋人だ。
自分たちは恋人なのだと。
確信があった。
自分はサンジが、目の前の男が好きだ。
しかし確かに成長を続ける、拭えない違和感。
自分はそれを感じているものの追求しないでいる。
今を失うのだろうかと、恐れているのだ。
気付かない振りをすることで、目を反らしているのだ。
サンジが過去の話、自分たちの話しをする時は、肌で感じるほど真剣で。幸せそうで。
それでも、どこか苦しそうだから。









夢を見る。
とても幸せな夢だ。今と同じく。
唯一異なることと言えば、日に日に膨らむ違和感がないこと。不安がないこと。
そこはいつも潮の香りがした。
窓の外には海が広がる。足元が時に揺れ、船の上なのだと知った。
その中で自分はいつも、鍋を覗き込んでいたり、野菜を切っている。
振り向けば、サンジがいる。
眠そうにこちらを見ていた。
目が合うと、酒をくれと甘えた声で言い、だめだと答えると子どもの様にぷうと頬を膨らませた。
可愛い。愛おしい。そう思い、短い髪を撫でてやる。
そうすればサンジは照れた様に笑い、名前を呼ぶのだ。
サンジ、と。

あれ?俺の名前はゾロだろう?

いつもそこで目が覚める。
不思議な幸福感に包まれていると、目の前に眠っているサンジが目に入った。
可愛い。愛おしい。そう思い、手を伸ばすのに止まってしまう。
いつも見る夢の中の様に触れることはできないと思った。
ここはあの夢の中ではないのだから。









窓の外から声が聞こえた。鳥の声だ。
ベッドからそっと抜け出し立ち上がる。少し窓を開けると、声は大きくなった。
朝独特の澄んだ空気が風に乗ってやってくる。
朝露で瑞々しい草木。空は雲ひとつなかった。
何も思わず、足は外へ向かう扉へと向かった。音を殺して扉を開く。
「どこへ行くんだ?」
声に振り返ると、眠っていたはずのサンジが身体を起こし、こちらを真っ直ぐに見つめていた。
「ここにいたくないのか?帰るのか?」
「帰る?」
サンジは自分の言葉に傷付いている様な目をしていた。
震えだしそうなのを堪えて、それでも目を反らすことはしない。
「思い出したんだろう?」
「え?」
真っ白な布団のシーツを、きゅっと握り締めている。
「嘘を・・・こんなくだらないことをして。」
ぱきんと、家のどこかが音をたてた。
「俺を笑うか?」
そしてサンジは本当に、本当に哀しそうに笑った。
知りたいと思っていた。サンジを、すべてを。
幸せの中にある違和感を消し去りたかったからだ。自分の見た夢を今にするために。
でも、そのために目の前にいる人が哀しい想いをするのなら本当なんてどうでもいい。
気付けば、ひたすら謝る自分がいた。ごめん、違うんだ。ごめん。
鳥の鳴き声がしただけなんだ。空気が美味いなぁと思っただけなんだ。
そう言って必死に喋り続ける自分は、憐れな子どもの様だ。
困ってしまったサンジは、心配そうに覗き込んでくる。
「いや、俺が勘違いしただけだ。俺こそ、ごめんな。」
そして、俯いている自分の手を優しく握ってくれた。
本当とか、嘘とか。誰が決めるのだろう。
「外に出ようとしただけなんだろう?」
頷いて答える。
「どこにも行きやしないんだろう?」
もう一度頷く。
ならいいんだと、サンジは小さく安堵の息を漏らす。
「天気、いいもんな。」
声はまだ出せず、ひたすら頷いて答えることしかできない。
「今日、一緒に畑行くか?」
その言葉に顔を上げると、優しい笑みが迎えてくれる。
俺は、この人のこの笑顔が大好きなのだ。
「行く。俺、手伝う。」
「ああ、助かる。」
中途半端に開いたままだった扉を閉め、サンジは朝食の準備を始めた。
その背を追って、手伝うと言う。
サンジは驚いた顔をした後、再び、助かると笑った。
その日の朝のスクランブルエッグを、サンジは今までで一番だと言い。
あの大好きな笑顔をくれた。













end



ミナトさんへの贈り物として形にしたお話。
まず謝ります。こんなでごめんなさい。
いつか形にしようと思っていたお話。
凄く中途半端だと思うので、また何かあれば端折った分も入れて、一つにしようと思ったりもしたり、しなかったり・・・。(遠い目)
受け取って下さったミナトさん、本当にありがとうございます。
読んでくださった方々、ありがとうございます。
そして、コレが肝心。日常茶飯事様、3周年おめでとうございます!
凄いなー☆

帽子屋