サンジはゾロの幼馴染であり、親友であり、家族であり、そして恋人だ。
夏の雫
クーラーを入れなくても、窓から十分な風が入ってくる。
今年もここでは扇風機だけで過ごせるなと、ゾロはぼんやり寝転んだまま外を眺めていた。
二階の窓から見上げる空は、地に足を付いて見るものと何も変わらず、空はやはり遠いものだと思わせる。
トントンと階段を上る音がする。建物自体が古いもので、時々ギシギシと床がきしむ音がした。襖を開けるのにもコツがいるのだ。
「ゾロ、まだ寝てるのか?」
中途半端に開かれたままの襖から顔を覗かせ、サンジが笑っている。
ゾロはやっぱりゾロだよなと、ガタガタ言わせながら襖を全開した。
「お前、仕事に行ったんじゃないのか?」
体を起こし、胡坐をかいた。そんなゾロの目の前に、サンジは座り込む。
「ランチが終わったから、晩まで少し休憩なんだ。お前の昼食も心配だしな。」
サンジの働く店は、オーナーであった育ての親の遺したものだ。
オーナーの名前はゼフと言い、随分と名の知れた料理人だった。ゼフはサンジの義父で、ゾロの義父でもあった。サンジとゾロは昔、ゼフが作った孤児院の最後の孤児だったのだ。
大きな町に、専門家達を集めた施設ができ、子どもたちを連れて行った。
しかしサンジは、ゼフ以外の大人に心を許すことができず、施設を抜け出しだのだ。ゾロを連れて。
その後、施設とゼフの間で話し合いがあり、サンジとゾロはゼフに引き取られることになった。
ゼフは孤児院を閉鎖したその家を使い、小さなレストランを開いた。
『バラティエ』という店だった。
店は徐々に客を呼び、1年もしない内に遠方からも通う客ができるまでになった。
2号店を開かないかと言う話もあったらしいが、ゼフが断ったらしい。自分自身が管理できないことに自分の名前を使われたくなかったと聞いたのだ。
サンジとゾロが高校卒業間近になった頃、ゼフが倒れた。医者からは過労と告げられた。
そのままゼフは帰らぬ人となり、店はこのまま無くなるのだと思った。
ある日。
「ゾロ、俺はジジイのレストランを継ぐよ。」
ゾロと違い、サンジはゼフの店を昔から手伝っていた。料理が好きなのだと言っていた。
そんな気はしていたのだと、ゾロはサンジに告げると、サンジは笑って答えた。
レストラン『バラティエ』は『オールブルー』とその名を変え、再び客を呼び戻した。
家は二階建てで、一階が『オールブルー』。二階は自宅として使っている。
店と自宅は同じなのだが、ゾロの知る限りサンジは自宅には殆どいない。
ゾロがいるから。
そのために戻ってきている。そう思うと、ゾロは特別な気がして嬉しい。
「飯は?」
「まだ。」
「やっぱり。」
呆れたような、でもそれが嬉しいのだ。
サンジはゾロに皿を差し出す。皿の上にはおにぎりが乗っていた。海苔が巻いているのは梅、違うのは昆布。サンジのおにぎりの法則だ。
ありがとう。ゾロはそう言って、おにぎりを目一杯頬張った。塩が効いていて美味い。
「ほれ、麦茶。氷入れたばっかだから、冷えるまで待てよ。」
グラス自体を凍らしていたためか、白くなっている。サンジが触った部分の指の跡が模様のようだ。ぼんやり思って、ゾロは受け取った。
その態度が気に食わなかったのか、サンジは急に顔を顰めた。
ゾロは思ったことを言葉に出さない。必要なことだけ伝えるべきだと思うから。しかし、サンジはそうではない。
「お前は、相変わらず無愛想だね。」
「何だ?礼なら言っただろ?」
「そういうんじゃないよ。」
髪の毛が金色だからヒヨコだと、昔サンジをからかって遊んだ。暫く口を聞いてくれなかったけど、本当に似ているのだもの。サンジの唇は嘴でも出来たかのように、にゅっと突き出されている。
本当に分かりやすいのだ。サンジは。
怒っているのも、嬉しいのも、悲しいのも。それ以外でも。
「お前は、相変わらず分かりやすいな。」
ゾロの言葉に、からかわれたのだと思ったのか、睨むサンジ。ゾロはフワリと微笑んだ。本当に自然に。水が湧き出たかのように。
「でも、俺も分かりやすいだろ?」
本当のことしか言わない。お前と同じで、中身は単純だから。
さぁ、間違い探しだ。
きっと分かってくれるんだろ?本当に小さな変化も、動きも。気持ちだって。
ほんの小さなものだから、見つけてくれるだろ?
それはきっと二人に言えること。
嘴はいつの間にか消えていた。驚いた顔をしていたかと思えば、サンジはジッとゾロを見つめていた。表情が柔らかくなっていった。
窓から入る風が、木々の香りを連れてきてくれる。それは二人を隔てるものではなく、同じ布で包んでいるようで。
サンジはニヤリと笑い、そうだよと答える。
「サンジ〜。愛してる〜って気持ちだろ?」
「前言撤回。いっぺん死んでこい。」
傍に居るだけで、たったそれだけが難しいのはなぜだろう。
どうして二人は離れているのだろう。
帰る場所があるというものは、いいものなのだろうか。答えはないけど、自分には悪いものではないのかもしれない。
でもきっと、それは毒にもなる。
凍っていたグラスが、暑さに溶けて汗をかいている。
扇風機はいらなくとも、暑い事に変わりのないこの場所で、短い時を二人は刻む。
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