本当に小さな祭だ。
それでも、一年に数えるほどしかない行事。人々が活気付くのも当然なのだろう。
目の前の男も、その一人で。
「ゾロ!!祭だ!!浴衣だ!!デートだ!!」
騒がしいのが苦手なゾロと違い、幼い頃からサンジは祭が好きだった。
祭の日にちが分かると、その前の月から小遣いを貯めておく。
これはもう毎年の恒例行事だった。半強制的にゾロも付き合わされる。
はいはいと、適当に返事を返し、浴衣を着たゾロはさっさと玄関へ行く。
サンジはまだ部屋の中だ。帯が上手く結べないらしい。暴れるからだ。
呆れの溜息を一つつき、ゾロは遠くで響く太鼓の音に耳を澄ませた。






祭の夜




デートだと、サンジは考えていた。
久しぶりだ。本当に。
二人で出掛ける。しかも、昔から通っていた近くの祭に。
楽しい時間。二人で楽しく祭を見て回るはずだったのに。
「俺、何か変なことしたかよ?」
静まり返った田んぼ道を、二人は手を繋いで歩いていた。祭の途中、ゾロから握ったのだ。
騒がしかったのが嘘のように、あんなに明かりが灯っていたのが嘘のように、ただ闇が覆っている道だった。
太鼓の音も、もう聞こえない。祭は終わったのだ。
ゾロは何も答えない。聞こえていないふりをして、前方に見える自宅であるレストランを見ている。
「なぁ。楽しかった?」
下から覗き込むように、窺うようにサンジは問う。
それにゾロは冷め切った視線を向けた。
「ああ、楽しかったんじゃないか?」
やはり自分は何かしたらしい。ゾロがここまで冷たくなるのは、そうに違いないと、サンジは観念した。
「ごめん。」
「何が?」
ゾロは視線を戻し、何の感情も感じさせない言葉を返す。その度にサンジの胸は槍が刺さるように痛む。
「何で喋ってくんねぇの?」
「喋ってるじゃねぇか。」
変わらないゾロの様子に、サンジは落ち込む。
俯いて自分の下駄と、ゾロの下駄を見た。お揃いだ。
実はサンジのものをゾロが履いていて、ゾロのものをサンジが履いているのだ。
同じものだからと、見分けをつけるために裏に名前が書いてあるが、ゾロは気付いてないだろう。
サンジの出したものを、何の疑いも持たずに履いている。
自分はゾロのものを身に着けていて嬉しい。しかしそれは、ただの自己満足なんだろうなと、サンジは淋しくなった。
「折角のデートなのに。」
ボソリと呟く。ゾロに聞こえるように。
すると、今まで淡々と歩いていたゾロが、急に歩みを止めた。
手を繋いでいたので、サンジも引っ張られて止まった。
どうした?と、ゾロの顔を見るが、ゾロは相変わらず前を見ている。
時が止まったかのように動かないゾロ。不審に思い、サンジがゾロの名前を呼ぼうと口を開いた途端、ゾロがサンジを睨みつけた。
「デートだと?」
「え?」
「アレが、デートだとかぬかすのか?てめぇは。」
「えぇ?!違うの?」
繋いでいた手を乱暴に離し、ゾロはスピードを上げて歩き出した。サンジは必死になって追いかける。
「何でだよ!手ぇ握ったりしていい感じだったじゃねぇか!!」
「俺が握らなきゃ、てめぇどうしてたんだよ!!」
はっとする。
ゾロと二人で久しぶりに祭に出る、そのことだけで喜びを感じて、酔っていたのだ。
楽しい。楽しい。たったそれだけで、何も考えていなかった。
あんなのデートじゃない。下駄と同じだ。ただの自己満足。
「ずっと喋りっぱなしでよ・・・ムードもへったくれもねぇんだよ。」
ゾロだって楽しみにしていた。そうじゃなかったら、こんな態度とらない。
サンジは後ろからゾロの腕を掴んだ。歩みを止めさせるためだ。
「やり直しだ。」
そう言って、サンジは元来た道を戻り始める。
「おい、もう祭は終わったじゃねぇか。帰るんだろ。おい。」
「だめ。」
「はぁ?」
「ゾロからムードなんて言葉が出てきたんだぞ。こりゃ、ラブコックとして引き返さにゃならん。」
「はぁ!?」
覗き込んだサンジの顔は、本気以外の何者でもない。こうなったら止められないのだ。
腕を引かれ、ゾロはヨタヨタと連れて行かれる。
祭はもう終わっている。
もう人もいないだろう。明かりだってない。
それでも、草むらから現れた蛍たちが灯火をくれる。夏虫たちが、優しい音色で迎えてくれる。
なぜだろう。
ゾロは楽しいと思った。
引かれていた腕を解き、二人はもう一度手を繋ぎ合った。
今度は二人ともが寄せ合い、二人が握りたいと思い、繋ぎ合った。







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