自転車のペダルに、片足ずつテンポよく自分の体重を乗せる。
荒い息遣いで見上げる坂の上は、くっきりと入道雲が壁のように広がっていた。
坂はもう終わる。上りきれば後は下り坂。
その先には、深い潮の香りが広がるのだ。
海と星
レストランが大忙しの時間、ゾロはいつもと同じように寝そべりながら窓の外を眺めていた。
ぼんやりと、その日も部屋でサンジの帰りを待っているはずだった。
しかし今、ゾロは海を目の前にしている。
昼間に出たはずなのに、もう日が落ち始めていた。
本来なら、レストランからバス停まで歩いて30分。バスで駅まで60分。そこから電車に乗って40分の道のり。
昔はもっと早く着けたと思ったのになぁと、ゾロは自転車を放って砂浜を歩き、海へと近づいた。
盆を前にして、海には誰も居ない。元より海水浴目的の人が集まるような場所ではなかった。
ポケットに振動を感じ、携帯電話が鳴っているのだと気付く。着信はサンジのレストランの電話から。
サンジは携帯を持っていない。店からめったなことでは出ないので、店にさえ電話があれば他は必要ないのだ。
『お前、今どこにいるんだ!?』
「海。」
少し間があり、サンジの素っ頓狂な声が耳を貫く。思わずゾロは、携帯電話を落としそうになってしまった。
「耳痛ぇよ。もう少し離して喋れ。」
『おまっ!お前!!何してんの!?え??おかしくなった??』
ひたすら混乱したサンジの声。耳から離しても十分に聞こえる。
「とりあえず、落ち着けば?」
ゾロの言葉の後、サンジが深呼吸したのが、受話器越しに分かった。
本当に突然だった。突然この場所に、しかも何も言わずに来た。
驚かれるのは当然で、もしかすると自分はそれを狙っていたのかもしれないと思うほどだ。
帰りの事だって何も考えていない。ただ来た。本当にそれだけ。
『・・・で、マリモ君、君の今後の予定は?』
「あー・・・・。」
理由なんてないのに、どうしようなんて考えて行動していないのに。
でも、理由はいつだって始めからあるもんじゃなくて。
後からくっ付けたって構わないんだ。だから。
「お前、車で来いよ。今から。」
『はぁあ!!??』
今度は携帯電話を砂浜に落としてしまった。拾おうとするが、サンジの喚き声が続いていたので止めた。
携帯をそのままに、ゾロは砂を踏み締めながらじっくりと海に近付く。
広い。それしか思い浮かばなかった。
ゆっくり空を見る。
後ろからジワジワと広がる濃い青は、夜の色。もうすぐ目の前の光もポツンと海に飲み込まれてしまう。
そうすれば、ここはもう夜だ。
暗くなったら空一杯、星が見えるだろうか。
離れた場所から名前を呼ばれている気がする。
電話から聞こえるサンジの声だ。返事がないことに不安になって、必死にゾロを呼んでいる。
得意の聞こえない振りで、ゾロは夜を待つ。
答えなくても、答えても、サンジはここへ来る事を知っているから。
サンジの呼ぶ声を遠くに。ゾロは目を閉じ、夜を待った。
二人で星を見たかったんだ。だから海に来たんだ。
理由はそれで十分すぎる。
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