『サンジ、ゾロ。いいか、俺の墓はな、でかくて立派なのを立てろ。』
『何でだ?』
『そりゃぁ。格好いいからじゃねぇか。』
そんなことを言っていた男の墓は、レストランから少し離れた山を一つ越えた、青い草木の靡く丘に立っている。
父の還る日
もしも死んだ人の世界があって、そこから生きている人たちの世界が覗けるのであれば。
そう思うとゾロは申し訳ない気持ちで一杯になる。
自分を育ててくれた大切な人に。
自分たちを育ててくれた、大切な人に。
サンジはゾロが好きで、ゾロもサンジが好き。
それは本当に幼い頃から、自然とあった想い。それはきっと、おかしなことなんかじゃない。
ゾロもサンジも共に育ったとは言え、血の繋がりはなく。男同士でも、何も非に思うことなんてないはずだ。
でも。ゾロは言えなかった。
明らかに態度から察することのできるサンジとは違い、ゾロはずっと黙っていた。
勘のいい、頭の回転の速い人だった。きっと言わなくても知っていただろう。でも。
だからこそと言うべきか、言う事が出来なかったのだ。
怒られる、なんて理由で言わなかったんじゃない。悲しませる、そんな理由でもない。
だったら何なのだろうか。何がゾロの口を閉ざさせていたのだろうか。
墓の前に立つ。思っていた通り、草が生え放題で墓石が半分埋もれていた。
ここ数年、誰も訪れなかったことがよく分かる。
サンジは、店を閉めないことが供養になるのだと行って、墓参りには行こうとしない。
誰よりも背中を見てきた相手。ならば、と。ゾロは、サンジの言う通りなんだろうと思った。
遠くの大学に通うために一人暮らしを始めたゾロは家を出たその年から、ここへ来ていなかった。
だから、きっと誰も訪れることのなかった場所だ。
それでも、墓石の立つ丘は和やかで、そこに眠る人の気配を微かに感じさせた。
「ただいま。久しぶりだな、じいさん。」
墓石に刻まれた文字を撫で、ゾロは静かに呟いた。
「今日もサンジは店で働いてるから、俺一人なんだ。」
店を閉めないことが供養だって言ってるけど、一度位は顔出させるように言っとくよ。
誰も居ない丘で、ゾロは語りかけながら生い茂った草を毟り始めた。
大学の事、一人暮らしの事、サンジの事、店の事。会った時に伝えたいと思っていたことを全て、ゾロは話した。生前に話し掛けていた時と同じように。
そうしている内に、生い茂っていた草は綺麗に無くなり、磨かれた墓石の前には花を添えた。
ゾロは一休みして家に帰ろうと、墓の前に胡坐をかいた。
「盆って、死んだ人が帰ってくるんだよな。」
だったらゼフだって例外ではない。店に来るだろう。もちろん家にも。
もしもゼフが家に帰ってきて、二人の様子を見たならどうだろう。相変わらずの生活。しかし、確実に違うものもあって。
ゼフが亡くなった日から、ゾロとサンジの寝室は共同になった。
布団を二つ敷いて眠ることもあれば、一つで眠る事もある。ただ眠る夜もあれば、熱を交える夜もある。
そんなの見たって、嬉しくとも何とも無い。むしろ、気分が悪くなるだろうに。
想像してゾロはうんざりする。そしてやはり、申し訳ない気持ちで一杯になるのだ。
後悔はない。しかし、どうしてこんな事になったのだろうか。
膝に手を付き、ゾロは立ち上がった。バケツを取り、残っていた水を捨てる。放りっぱなしだった鞄を背負い、じゃあなと墓に背を向けた。
答えてくれるはずはないのに、丘を撫でる風がどうしてもゼフの声のように感じてしまう。
優しい風に包まれながら、ゾロはもう一度振り返った。
「帰って来ても、二階の部屋は覗かない方がいいぞ。」
少し顔を赤らめて、ゾロが言う。それに答えるように風が草の匂いを広がらせる。
すると、墓石を椅子にして、ゼフが座っているように見えた。ゾロは驚く。
座るゼフが、仕方の無い息子どもを持ったと、困ったように笑った。ゾロも笑う。
「父さん、おかえり。」
そう言って、今度こそ振り返らずにゾロは丘を後にした。
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