小学生最後の夏。
呼ばれて振り返ると、サンジが泣きながらゾロを見つめていた。
『何だ?喧嘩か?負けたのか?』
ハンカチを持っていなかったので、ゾロは自分のシャツの裾でサンジの鼻水と涙を拭ってやった。
違うんだ、違うんだと、サンジは泣き止まない。
ゾロの着ていたシャツは、あっという間にびしょ濡れになってしまった。
楽園に秘密
タオルケットに包まり、さて寝るかと目を瞑ると、ずしりとした重みが被さって来る。
「重い。」
呟くが、相手に反応がない。ゾロは無視して寝ようと、目を瞑りなおした。
こうしていれば、すぐに眠れるのだ。しかし。
「・・・暑い。」
すると、被さって来た重みが笑って揺れる。
「どけよ。」
「やだ。」
余計に腕に力を込められ、苦しい。
ゾロは観念して、サンジを見る。サンジは目が合ったことで、自分が優位だと思ったのかニヤリと笑い、ゾロの背中に腕を回し直した。
「クソジジイに何言ったの?」
「は?」
「お前はジジイには、俺にだって内緒の話をするからムカつくんだ。」
何で、ジジイに嫉妬しなきゃなんねぇんだと、サンジはゾロの首元に鼻先を寄せた。
ゾロからはサンジの顔を見ることは出来ないが、ゾロは何となく分かっていた。きっと泣きそうなのだ。
まだ小さい頃。ゾロは、サンジはきっと自分をお気に入りの玩具か何かと思っているのだと、思っていた。
だから、ずっと一緒に居たがるし、何かとゾロの行動に口出しをしてくるのだと。
ゾロの全てを知ろうとしていながら、自分の事は何一つゾロに教えない。それをはっきりと気付いた時は、もう小学校も最後の夏だった。
その夏、そんなのズルイと、ゾロはサンジと口を聞かずに過ごそうと決めた。
しかし、暫くしてサンジが泣きながらゾロを見ていた時は、本当にビックリした。
盆も過ぎた。もうすぐゾロは戻らなければならない。大学が始まるのだ。
そのことがサンジは嫌で、認めなくなくて、でもどうしようもない事を知っている。
この帰省で一緒に過ごすことが出来たと言っても、サンジは仕事で。それでもと、出来る限り同じ時間を過ごそうと努力していたのに、やはりその時間も一握り。
ゾロのためとは言え、店を閉めるわけにもいかないのだ。
サンジは、ゼフから受け継いだ店を本当に大事に思っている。
「じいさんには、盆で家に帰ってきても、2階の部屋は覗くなよって言って来たんだ。」
それに、お前に内緒なんてない。
あるとしたら、幼い頃に抱いたサンジを疑った心。でも、それはやっぱり言えないことだ。この秘密と、あの時感じた罪悪感を、ゾロは墓の下まで抱えて行くのだ。
墓参りから帰った夜、サンジとゾロは一つの布団で眠った。
思い出したのか、サンジはまたニヤリと笑い、額に音を立てて口付ける。鼻先、頬、唇へとゆっくり降りてきて、最後にもう一度唇へ、今度は深く口付けた。
そのまま離さず、サンジはゾロのシャツの下に手を入れる。壊れやすい宝物を触るように撫でながら、手はじっくりと味わうように胸へ上っていく。
わざと音を立て、唇を離す。
「ジジイに見せ付けてやる。」
「もう、いねぇよ。」
盆は過ぎたから。
やがて来る快楽の波を待つために、ゾロは目を閉じ、サンジに身を委ねた。
まだ暑いのに、もう夏は終わってしまう。
そうなれば二人は、再び離れ離れだ。
閉じた眼に、じわりと熱いものが集まる。サンジが好きだ。泣くほど好きなのだ。
力の抜けたゾロの身体に必死に縋り付こうとしているサンジを、ゾロは強く抱き寄せた。
ごめんな、ごめんなと、サンジは言った。
ゾロはシャツを鼻水まみれにした事を謝っていると思い、こんなのどってことないと言った。
『違うんだ。ごめんな。』
いつまで経ってもサンジは泣き止まなくて、ゾロは困り果ててしまう。
『何がごめんなんだ?』
言わなきゃ分かんないだろと、ゾロはサンジの俯く顔を上げさせる。涙と鼻水でグチャグチャの腫れぼったい顔だった。
『俺がゾロのこと好きだって言ったから、ゾロは俺のことを嫌いになったんだろ?』
俺と一緒に居たくないから、ゾロは俺と喋ってくれないんだ。
好きになってごめんなさい。でも、好きなんだ。だから、ごめんなさい。前みたいにセミ捕りに行きたいんだ。一緒に遊びたいんだ。俺のこと嫌いにならないで。
サンジの涙は増すばかりだ。
ゾロは、はっとした。
ごめんなさいは、ゾロがサンジに言わなきゃいけないと思ったからだ。
サンジの頬を流れ続ける涙を、ゾロは舐めた。汗も混じってしょっぱい。
ごめんなと、言ってゾロも泣いた。
『何でゾロが泣くんだ?そんなに俺のこと嫌いなのか?』
『違う、違うんだ。』
ごめんな。ごめんな。
泣きながらゾロは、サンジに口付けた。幼さを感じさせる、触れるだけのキス。
『俺も好き。サンジが好きだ。』
サンジの耳には、きっとセミの鳴き声とゾロの声しか聞こえなかっただろう。
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