どうして、こんなに悲しくなるのだろうか。
どうして、こんなに苦しまなきゃいけないのだろうか。
でも、きっとそれだけじゃない。だってこんなにも今が。
夕立と花
外は雨。
空は黒い雲に覆われ、稲光が隙間を縫うように走る。
雲はまるで生き物のように渦巻き、唸る風と共に轟々と恐ろしい音を響かせる。
8月には珍しくない、夕立だった。
しかし、こんな天気では客も足を運べない。
「雨・・・雨・・・雨!!!」
「煩ぇよ。」
二人はレストランのテーブルに向かい合って座っていた。
珍しく予約もなく、夕食時までに雨が止まなければ今日はこのまま暇だろう。
ゾロはこんな日もありかなと思っていたが、サンジはそうではないらしい。沈黙に耐えられない。暇を持て余す。
だから客の足を止めてしまうこの雨を、憎たらしく思っているのだろうと思った。
しかし、今回は違ったらしい。
「今日はさ、ゾロと花火をしようと思ってたんだ。」
「は?」
サンジは自分の頭の中で勝手に予定を組んで、それにゾロを無理にでも嵌め込もうとする。昔からそうだった。
その強引さに、ゾロはいつも呆気にとられるばかりだ。
「花火って、うちにそんなモンないだろ?」
「ココヤシ青果のナミさんがくれた。」
余ったからってと、ダラリとテーブルに突っ伏して、サンジはダルそうに喋る。
「残念だな。この雨だ。」
勝手に言ってるからだ、ざまぁみろ。ゾロは皮肉げに笑う。
ゾロが笑ったのは、サンジも気付いていたが、何も言わない。本当に残念に思っているからだ。
黙ってしまったサンジに、ゾロは調子が狂う。まるで子どもが拗ねているようだと思った。
銜えている煙草に火を点けず、唇だけで器用に上下に動かしている。
「夕立だ。すぐ止む。」
「雨上がりに花火かよ・・・。」
「いいじゃねぇか。火事とか安心だろ、濡れてんだし。」
「嫌だよ。晴れがいいんだ。」
どこのガキだよ。
ゾロは溜息をつき、窓まで歩いた。
ガラスを叩く風と雨は、その勢いを増すばかりだった。
夕立は、この嵐は本当に止むだろうかと、どこか不安にさせる。
自分の中に沈みこんだ不安が吐き出せないだろうかと、ゾロは大きく息を吸い、吐いた。
少しもスッキリなどしない。
テーブルを振り返ると、サンジが相変わらず突っ伏している。サンジはまだ煙草で遊んでいた。
カウンターを見ると、花火があった。スーパーか何かでも良く売っている、色々な種類の花火が入っているものだ。
その中に、握る部分の型紙が銃の形をしている花火を見つけた。一つしか入っていなくて、小さい頃サンジと取り合いになったことを思い出す。
「サンジ。」
「ん?」
「晴れたら、アレ、俺にやらせろよ。銃のヤツ。」
苛立ちを隠そうともしないサンジの顔が、カウンターの花火に向けられる。
そのまま表情を変えず、窓際に立つゾロに視線を向け、晴れないと一言。再び突っ伏した。
晴れろと強く願って、それが叶わなかった時、サンジは悔しいから期待しないのだろう。
たったそれだけでも、期待した分、自分が何かに裏切られたような気持ちになるから。
だから、サンジの言った『晴れない。』には、サンジの強い願いが込められていたのだとゾロは思い、ゆっくりと、嵐が嘘のように晴れ渡った空を見上げた。
梅雨とは違い、夕立後の風が涼しさを運んできてくれる。
草木に跳ねる雫が、キラキラと宝石のように思った。
晴れたと言っても、もう夜の色が混じり始めた空。空には星が見える。
月も良く見えた。鋭く、細い三日月だった。
客はもう来ないだろうと勝手に決め、入り口に『close』と書かれた木の板をぶら下げる。
ゾロはバケツに水を汲んだ。続いてサンジが蝋燭と花火を持って出てきた。
「ほら、晴れただろ。」
嵐の後だと言うのに、地面も泥濘が少ない。
その嵐は『ちょっと通ります。』と言って、自分たちを雨宿りさせて置き、さっと通り過ぎていってしまった。名前の通り、ただの通り雨だった。
「サンジ、蝋燭。」
庭の草の生えていない場所にバケツを置き、横に平らな石が置いてある。蝋燭を立てる石だ。
昔から使っていて、表面は真っ黒で所々に蝋の固まりがこびり付いている。
サンジは蝋燭に火を点け、平らな石に蝋を少し垂らし、そこに立てた。
花火をサンジから奪ったゾロは、さっそく銃の形の花火を取り出す。
サンジはと言うと、未だ嵐が去った事に実感が持てずにいる。
だって、あんなに降っていたんだ。この穏やかさが嘘のように。
庭から見える道端に向日葵の花が咲いていた。風と雨に嬲られて、今にも折れそうな程斜めに傾いている。
嵐は確かに通った。そう物語っていた。
心ここにあらずのサンジに、ゾロが怪訝そうな顔をする。
「花火、するんだろ?」
「うん。」
早く始めようぜと、ゾロは銃の形の花火を火に近づけた。それをぼんやり見ていたサンジ。
突然。
「あ!!お前、ズルイぞ!!これ、一個しか入ってないんだからな!!」
ゾロの手から、花火を奪おうとする。
「あほ!てめぇ、俺にやらせるって言ったじゃねぇか!!」
「俺は一言も、いいぞなんて言ってねぇ!!」
「てめぇの方がズリィじゃねぇか!!」
結局幼い頃、ゼフに怒られた時と同じように、二人で持って、二人で火を点け、弾ける様を見た。
花火は、どうして綺麗なのに、こんなにも物悲しさを連れているのだろう。
火薬の煙が目に沁みた。
お互いを花火に例えるなら、サンジは線香花火。
火がついたらバチバチと騒がしく怒るくせに、最後にはポロリと泣き出してしまう。
ゾロがサンジにそう言うと、サンジは、ゾロはネズミ花火だと言った。
いつだって、物凄いスピードで駆け回って、気付けばパチンと弾けて消えている。
さぁ、もう夏が終わる。
もう二人は・・・。
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