ああ、この夏は本当に。
本当に、夢を思わせるには十分な時間だ。
幼い頃の約束を、きっと守ると夢見るには。











夏の終わりは夢









楽しい時間は早く終わる。
サンジは痛いくらい、それを実感した。
荷物を纏めるゾロの背中はピッとしていて、行かないで欲しい、ずっとここにいて欲しいと思っている自分を更に情けないものにしてしまう。
「行っちゃうの?」
「ああ、大学が始まるからな。」
大学なんて辞めちまえ。口を尖らせたサンジが、何を言いたいのかゾロには良く分かった。
だから、困ったように笑うしかできなかった。
「また来る。」
「当然だ。お前の家だ。」
「そうだな。」
だから、大学のために一人で暮らす家へは『帰る』なんて言わない。『帰る』場所はここだ。
「次はいつ?」
未だ口を尖らせたまま、ボソボソと喋るサンジを見ると、ゾロまで淋しくなってくる。
「さぁな。言ったらお前が付け上がるから教えてやらねぇ。」
淋しさを誤魔化すように、笑いながらゾロは言う。
つられてサンジも、何だよそれと、笑った。悲しみを滲ませた笑みだった。




本当はいつだって帰りたい。
でも、いつまでも甘えていられないのだ。
サンジは自分で選んだ道を歩き、自分の力で今を生きている。
例えばゾロが、そこへ寄り添う生き方を選ぶとしても、そこへ自分の力で辿り着くまでは、甘え続けていてはいけない。
やりたいことを見つけるために大学に行ったなんて、お決まりだろうか。
でも、自分にも、サンジが料理を選んだように、何か必ずあるはずだとゾロは思ったのだ。




蜃気楼ももう見えない。随分涼しくなったからだ。
バスが来た。誰も乗っていない。
「ちゃんと、向こうでも飯食えよ。」
そう言ってサンジは、ゾロに電車で食えと、弁当箱を渡した。
「ありがと。また暫くサンジの飯が食えなくなるのは淋しいな。」
「やめろ。泣きそうになるだろ。そんな事言われたら。」
サンジはもう泣いていた。一生懸命に目を合わせないようにして誤魔化していた。
目を細め、ゾロは笑った。出来るだけ優しく笑っていたかった。
「じゃあ、行く。」
ピーと、音を鳴らしながら開いたバスの扉を潜る。座席について、窓を開けた。
何も言わず、サンジは窓から覗くゾロを見上げている。
扉が閉じる。バスがゆっくり進み始めた。
走って追って来るのではと思っていたサンジは、じっと立ち尽くしている。
ゾロは窓から体を半分出した。何か言いたかったが、何も言えず、口をただ開いただけだった。
情けない。そう思って、ゾロは俯く。すると。
「いってらっしゃい!いってらっしゃい!!ゾロ!!!」
顔を上げると、泣きながら手を振るサンジがいた。子どもみたいだと思った。
ゾロはサンジの姿が見えなくなるまで窓を離れなかった。その姿を目に焼き付けておきたかった。
やがてサンジは見えなくなり、ゾロは座席に座りなおす。
耳にはサンジの声がまだ響いていた。
窓から入る風が涼しすぎて、もう夏は終わったのだと実感する。
淋しさを紛らわせようと、ゾロはサンジから受け取った弁当箱を撫でた。
少し温かくて、ゾロは微笑んだ。しかし上手くいかない。歪んでしまう。
ゾロは泣いてたまるかと、固く目を閉じた。


自分は待たせてばかりで酷い人間だ。
でも、それでも待っていてくれるならば、サンジ、約束しよう。
必ずここへ帰ると。だから。だから今はさよならだ。









『大人になっても一緒にいような、ゾロ。』
『え〜。ずっとサンジと一緒なのかよ。』
『何だよ!!嫌なのか!!』
『別に。でも、おっきくなったら離れ離れになるかもしれないだろ。』
『ダメだ!それでも戻ってくるんだ!約束だぞ!指きりなんだ!!』
『何だよそれ。むちゃくちゃだぞ。はいはい、分かった。約束だな。』









一緒にいよう。
ずっと一緒にいよう。
それが二人の夢見る未来。















「二人の夏」end