なぁ、なんで遊んじゃダメなんだ?

安静にしてなきゃだめだ!

消化にいいもん作ってやるよ。

調子に乗りすぎなのよ。

毛布もなしにあれじゃぁな。自業自得だ。

あらあら、温かくしてなきゃね。










嘘つきは空も飛ぶ










誕生日なのにと、そう思う。
ウソップは男部屋のソファで作られた簡易ベッドに大人しく寝ていた。
頭の中が気持ち悪い。脳みそを誰かに鷲掴みされているようだ。酷く寒い。
昨夜、ウソップの誕生日の前夜祭だった。
ケーキはなかったが、キッチンではなく外で酒を飲んでいた。皆そうだった。
しかし。
ナミとロビンは騒ぎ疲れて部屋に戻った。
寝ぼけたルフィは眠っているチョッパーを抱えてトイレに向かい、そのまま眠ってしまった。
サンジは宴会の片付けをし、ゾロはそれを手伝っていた。その後は、アリバイなしだが何をしていたのかは、ウソップ自身あまり深く考えたくない。
ウソップだけが部屋に戻らなかったのだ。
酒の入った身体は火照っていて、毛布は必要ないと眠っていたウソップに、朝の海は容赦なく冷たかった。
「折角の誕生日パーティが台無しだ。」
不貞腐れているウソップにチョッパーは毛布を掛けなおした。
「熱が下がってからやろうよ。」
水の入った洗面器にタオルを浸す。チャプチャプという音が心地よく聞こえた。
昔、母ちゃんの枕元で聞いていた音だと思った。するととても不安になる。
蒼白い顔。苦しそうな呼吸。
鮮明に残っている。忘れるはずもないし、忘れるつもりもない。
「俺な、ウソップにプレゼント用意したんだぞ。」
だから、早く熱下げてパーティしような。ちゃんと渡したいんだ。
そういえば、少し前に道具を貸してくれと言いに来たなぁと思い出す。
島には近付かなかった。
何もない海の上で、一体何を作ったのだろう。
額に置かれる冷たいタオルを、熱の篭った溜息で受け止めた。
被せられていた毛布を口元まで引き上げ、さんきゅなと小さく呟く。
聞こえたのかチョッパーはニッコリと笑っていた。
ガチャリ。
天井の扉が開く音がして、二人が見上げると緑頭が覗き込んでいた。ゾロだ。
梯子を使わずヒラリと飛び降り、上にいるのだろうサンジに声を掛ける。すると、紐で攣られたお盆が降りてきた。
お盆の上には土鍋。何か作ってくれたのだろう。
サンジが降りてくる様子はない。
「サンジ?」
「今から飯作るから、菌だらけの部屋には入りたくないらしいぞ。」
ちょっと傷付くんですけど、サンジ君・・・。
無言で開いたままの部屋の扉を睨んでやる。黒いスーツの足が一本見えていた。
そろそろ変わると、チョッパーに声を掛け、ゾロはお盆を持ったまま近寄ってくる。
「お前もうつるぞ。」
「俺?それはねぇ。鍛えてるからな。」
あ、そう。
ウソップは溜息を付いた。額に置かれたタオルが生ぬるくなって不快だった。
食べれるようなら食べてと言い、チョッパーは梯子を上っていった。
その様子をぼんやり見ていると、目の前を大きな手が通り過ぎる。
額から不快感が消えた。タオルを取ってくれたのだ。
生温かった場所に空気が触れて、こちらの方が随分マシだと思う。
そこへ大きな手が再び現れ、ウソップの視界を遮断してしまう。額に手を乗せられていた。
「まだ熱いな。食えるか?」
息が止まってしまった。熱の為だけでなく、顔が異様に熱い。
無言で頷き、身体を起こした。
離れてしまう大きな手に、少し残念な気持ちになる。
ゾロは持っていたお盆を優しく差し出していたので、それを受け取った。
ふうふうと、冷まして口に入れる。
「味がしない。」
「熱のせいだ。」
舌がおかしいんだ。
サンジの料理に不満を漏らしたのは、初めてだと思う。
胸がムカムカしていたが、食べ続けた。ゾロがじっと見ていて居た堪れない。
早くその視線から逃げようと無理に口に運ぶ。
「おい。」
ゾロが声を掛けるが、ウソップは手元ばかり見ていた。口に運ぶ動作は止めない。
「おい、ウソップ。」
後一口で終わるから。頼むから。そんなに見るな。
何を焦っているんだろう。何で焦っているんだろう。どこかで冷静な自分が問う。
体の奥でパンッと弾けた音がした。
「っっ!?」
バラバラだった思考が一つになった。
そういえば胸がムカムカしていたのだ。気持ちが悪い。内臓が一気に収縮する。
一瞬で目の前が真っ白になった。
視界を戻してくれたのは、ゾロに背中を擦られているのを感じたからだ。
「ばか。無理して突っ込むからだ。」
目の前の吐瀉物を、涙目で見下ろしていた。
吐ききった後、息苦しくて荒々しく呼吸をする。ドッドッと耳元で血液が暴れる音がした。
怖い。
ゾロがチョッパーを呼んでいる声を、どこか遠くから聞いていた。
「俺・・・。」
荒い息の隙間に聞こえた弱い声に、ゾロは何だ?と優しく答える。
「俺、きっと死ぬんだ。」
熱は重い病気からきたものなんだ。飯の味も感じないし、吐いてしまった。
吐瀉物の広がった毛布を退け、ゾロはウソップの背中を擦ったまま無言だった。
死ぬんだと自分で言って、ウソップは恐怖心が膨らんだのを感じた。
それでも、繰り返し思った。怖い、と。
足元に重ねてあった毛布を、新たに掛け直してくれる。ゾロはずっと無言だ。
「飲め。」
そう言って枕元にあったのだろう水の入ったグラスを渡してくる。
素直に受け取り、一口飲んだ。
いつから置かれていたのだろう、思った通り生温かった。
しかし、荒れた喉への刺激は少なく、身体は素直に受け入れる。
はぁ。
熱い息を吐いて、ゆっくりと身体を倒した。枕が冷たくて自然と瞼を閉じた。
「死んで。死んでどうするんだ?」
ゾロの声に目を開いたが額には手が乗せられていて視界を遮られていた。
掌の中の明るい闇は、ウソップに恐怖は連れてこなかった。
「死んで・・・それで。どこか、遠くへ・・・。」
熱と嘔吐後の混乱でハッキリしない思考の中、ゆっくりと答えると、暗闇の向こうでゾロが笑ったのが分かった。
「お前はここから離れられねぇよ。」
そういって、開いた視界は眩しい光に迎えられる。
「お前はバカが付く程、お人よしだから。」
俺らの心配ばかりして、いつまで経っても離れられやねぇよ。
光の中のゾロの微笑みに、ウソップは口元が緩む。どこか安心している自分がいた。
天井からドタドタと足音が聞こえて、扉が開いた。
ゾロの呼び声に、チョッパー走ってきたのだ。
「俺ぁ。」
汚れた土鍋を乗せた盆を片付けながら、ゾロは耳を傾けている。
「俺ぁ、死んでもお前らの心配してなきゃいけねぇのかよ。」
少し息苦しかったが笑ってやると、そういうこったとゾロも笑った。
その後ろからチョッパーが、ウソップ死ぬなぁと叫びながら駆け寄ってくる。
死ねるか、アホ。
その後は着替えて、チョッパーにクスリを貰い、再び横になった。
今夜はゾロが傍に居てくれると言ったから、逃がさないよう手を握ってやる。
何を言われても、熱が下がるまではサンジからゾロを借りておこう。
サンジは夜中に何度か覗きに来ていたようだが、病人面しておけばいい。
傍に居て、こんなにも心地良い奴はなかなかいねぇ。
心地よさからか、ウソップはその夜、空を飛びながら旅をする夢を見た。
しかし、いつまでも自分の真下には船がある。ゴーイングメリー号だった。
そっと近付いてみると、何やら船が騒がしい。
パーティの準備をしているようだ。
戻らなければ。
そう思って目を覚ませば、ゾロが自分を枕にして眠っていた。
熱が下がったおかげだろうか。いや、きっとそれだけじゃない。
とても清々しい気分だった。










end




ウソ誕。
ウソップおめでとう☆