恋人が消えた。
何が何だか分からない。
どうしようと頭を抱えていたら。
荷物が届いた。
中途半端に使われた、一冊のノートだった。
恋愛犯罪者
ゾロが約束を大事にしてるから、俺も約束は守ろうと思っている。
でも多分、もう無理だ。
俺はよく我慢してる。
でも、もう無理なんだ。
だからカウントダウンをしようと思う。
まずは5からだ。
「何のこっちゃ。」
恋人の定位置である、テレビの一番よく見える場所。
サンジは卓袱台に上半身をぐったり乗せきって、銜えた煙草をパタパタ遊ばせていた。
滅多に開かないポストを覗いたのは気まぐれだ。
暫く前から連絡のとれなくなった恋人も、このポストを開いたところを見たことがない。
そんなポスト。
「これ、誰のだ?」
恋人の字ではない。
「何でこんなもん、俺が読んでるんだ?」
訳が分からない。
しかし、このノートは自分に全く関係がないという訳ではなさそうだ。
届け先は恋人のもの。宛名は自分。
そしてノートの中には恋人の、ゾロの名前が書かれているのだから。
あいつだけは許せねぇ。
俺からゾロを奪っておきながら、ゾロを大事にしていない。
俺ならゾロにあんな顔させない。
いつも違う女と歩いてる。今日もそうだった。
俺とゾロが見てたことを、あいつは知らないだろう。
許さねぇ。
知ってるもんなら尚更だ。
絶対に許さねぇ。
カウントダウンだ。
4。
ロビンは興味深そうに、サンジの見せたそのノートを眺めている。
「あなたには、これに覚えはないのね?」
「はぁ、まぁ。」
じっと窺うようにサンジの瞳を見つめる。
「本当に?」
「何ですか?意味深ですね?」
何か知っているんですか?と、何かを誤魔化すように少し笑って、サンジはロビンに言った。
ロビンは溜息を付く。
そして。
「知らないわ。」
と、一言放ち、黙った。
サンジは自分がどこかビクビクしていることに気付いた。
何もしていないはずだ。何も、やましい事など自分にはないはずだ。
「あいつが・・・ゾロがいなくなったのと関係あるんでしょうか?」
ポツリと、今までで一番小さな声で、聞こえなくともいいと思う音を、サンジは漏らす。
ロビンは大きな音を立てて、立ち上がった。
座っていた椅子がガタンと、壊れる前の悲鳴を上げた。
サンジは突然のことに驚いて、ロビンを見上げる。
見上げた先にあるのは、恐ろしい形相のロビンだった。
「あなたは被害者じゃないの。」
今のあなたが可哀想だなんて、きっと誰も思いやしないわ。
乱暴に言い捨て、ロビンは去って行った。
あんなロビンは始めてみたと、サンジは呆然とすることしか出来なかった。
ゾロが一人で泣いているところを見てしまった。
俺に気付いて、すぐに笑ってたけど、とても哀しそうだった。
ゾロが哀しいのなら、俺も哀しい。
言っておくが、これは初めてなんかじゃない。
俺は、ゾロが泣いているのを何度見ている。
その度に自分の無力さに苛立ち、あいつへの憎しみは募るばかりだ。
死んでしまえと思ったことだってある。
でもそうなったらゾロが哀しむし、俺もあいつの全部が嫌いじゃないからやめた。
カウントダウン、3だ。
「で、私のとこへ来たってわけ?」
サンジは曖昧に頷く。
「俺、ロビンちゃんに嫌われることしたのかな・・・。」
そんなサンジに、ナミは溜息で答えた。
「サンジ君、あなたは何を心配してるの?」
この日記のこと?
いなくなったゾロのこと?
ロビンに嫌われたかと思ったこと?
サンジは可哀想な目をしている。
どうしていいのか分からない、そんな目だ。
これがロビンを苛立たせたのだなと、ナミは思った。
「分からないんです。」
家に帰ったらゾロがいなくて、次の日になってもゾロは帰ってこなくて。
心配してたら日記が届いて、それにゾロの名前が書いてあって気味悪くて。
ロビンちゃんに相談したら、被害者じゃないって凄い剣幕で怒られて。
「ホント、訳わかんねぇんだ。」
どうしよう、ナミさん。
そんなことを言う。
ナミはサンジを見つめた。
本当に可哀想なのは誰なのだろうと。
ゾロとサンジ、そして日記の彼を思い浮かべた。
でも。
「サンジ君。私はロビンと同じ意見なの。」
サンジはまた、同じ様な目でナミを見る。
それが、ナミを苛立たせる。
「そうやって自分が可哀想だって思ってる限り、誰もあなたの味方にはならない。」
始まりはあなたなのだから。
あいつは覚えているだろうか。
子どもの頃、ゾロを二人で取り合った。
あの頃は好きだとかそんなじゃなくて、ただ二人きりで遊びたかったって思いだった。
だから、俺とあいつはいつだって取っ組み合いの喧嘩をしてた。
それを見てゾロが困っているのを知っていて。
思えば一番可哀想なのはいつだってゾロだった。
つまらないことに巻き込まれて、いつだって困っていたのはゾロだった。
でも、俺とあいつにとってそれは、つまらないことなんかじゃなかったはずだ。
いつだって真剣だった。だからこそ、ゾロを傷つける。
俺はそれを知った時、とても悔しかった。
大事にしたいのに、まるで反対じゃないかって思った。
だから、ゾロがあいつを選んだ時、俺は何も言わなかった。
あいつは何も知らないだろうけれど、そんなの関係ない。
カウントダウン。
2。
ウソップは静かにサンジを見つめていた。
その目には優しさなど微塵も無い。
そう、まるで軽蔑の混じる、そんな瞳。
「お前は本当に最低だ。」
「何だよ、お前までそんなかよ。」
ふんと、ウソップは鼻で笑う。
「俺に慰めて貰おうってんだろ。最低だ。」
「テメェになんて慰めて貰いたかないね。」
なら何でここに来たんだと、あえてウソップは聞かない。
サンジの行動で、全てが分かる。
「味方が欲しいんだろう?」
空笑いでサンジは答える。それは肯定だ。
「知っているか?」
ウソップは突き放すように、出来るだけ冷たい口調を変えずに言った。
自分はそんなことをするような人間ではないと思われているだろう。
しかしそんなのは他人の勝手な解釈だ。
人間、誰しも持つ感情。
「俺は、虫唾が走る様な人間に掛ける優しい言葉なんか持ってやしねぇんだ。」
サンジは俯く。
「やっぱり、お前もか。」
「多分、今までもお前の味方なんていなかったと思うぜ。」
それは厳しいと、サンジが呟く。
「唯一、ゾロだけだな。」
いつだってお前を庇ってたのは。
サンジが静かに顔を上げる。
目の前のテーブルに広げられたままのノートに書かれたゾロという名を見つめていた。
「憐れなお前にヒントをやる。」
本当に気付いていないのなら、気付かせてやる。思い知らせてやる。
自分の愚かさに。
そして、自分の立たされている本当の場所を知るがいい。
絶望を、知ればいい。
その先を選ぶために。
「ルフィの家に行け。」
まただ。また今日もあいつは女とデートだそうだ。
ゾロから電話があった。
遊ばないかと誘われた。
ゾロは知ってるだろうか、俺がとても嬉しかったことを。
ゾロは俺を頼ってくれてる。あいつじゃない、俺を。
だから俺のしようとしてることは正しい。
間違いなんて何一つない。
俺はあいつじゃない。
間違わない。
だから今日、ゾロにあの計画を話す。
カウントダウンも、もう1だ。
フラフラと、サンジは目的地へ歩き続けた。
自分は何か悪い事をしただろうか。
いつの間にか、否、始めからだろう自分は味方を失っていた。
たった一人、ゾロを除いて。
しかし今、そのゾロはいない。
ゾロとは本当に小さい頃からの付き合いだ。
サンジの目的地である場所に住むルフィとも、同じように古い仲だった。
サンジとゾロ、そしてルフィは幼馴染だ。
ルフィは昔からゾロにベッタリで、ゾロもそれを嫌がっている様には見えなかった。
ゾロも、二つ下のルフィを本当の弟の様に可愛がっていた。
料理の上手いサンジにもルフィはよく懐いていて、サンジもゾロと同じ様にルフィを想っていた。
しかし、ルフィとは随分前から会っていない。
ゾロはルフィと連絡を取っている様だったが、ルフィがサンジに会おうとしなかったのだ。
仲のいい幼馴染三人を引き裂いたきっかけは、サンジがゾロに言った言葉だった。
「俺、お前のこと好きなんだよね。あの・・・ほら、そういう意味で。」
ルフィはゾロのことが好きだったのだ。
サンジは知っていた。だからこそ、言ったのだから。
ゾロはサンジが好きだった。
それも、サンジは知っていた。だからこそ、言ったのだから。
サンジはずっと恐れていた。
皆が言うとおり、ゾロはずっとサンジの味方だった。
サンジが何をしても、誰もに見放されても、ゾロだけはサンジの味方だった。
サンジのことを好きでいてくれた。
ゾロがいる限り、サンジは一人きりになることはなかったのだ。
そのゾロを、失いたくないと思う想いが、サンジにその言葉を言わせた。
ゾロをずっと自分の傍に縛り付けるために。
サンジの言葉に、ゾロは頬を赤らめて頷いた。嬉しいと、そう言った。
それからだ。ルフィはサンジの前に現れることはなくなった。
一軒の家の前で止まる。
ルフィの家だ。
ぐだぐだと考えていたら、いつの間にか目的地へ着いてしまった。
突然の訪問にルフィは驚くだろうか。
ずっと避け続けてきた幼馴染を、どんな顔で迎えるのだろうか。
サンジは少し震える人差し指で、インターフォンを押す。
家の中で、ピンポーンと軽快な音が響くのが聞こえた。
すると、はいはーいと女の人の声が聞こえる。ルフィの姉のマキノだ。
「あら、サンジ君。久しぶりね。」
「どうも。」
マキノの優しい笑みに、サンジはほっとする。
敵も味方も感じさせない、全てを抱擁する笑み。
「本当に久しぶりじゃない?昔はよくゾロ君と家に来たのにね。」
「はぁ。」
「勉強ばかりしてるの?ルフィも見習ってくれないかしら。」
この人は、ルフィと自分の間にあったいざこざを知らないのだなと、苦笑いを浮かべながら思った。
何だかそれが、とても自分が悪者だと思わせる。
「あの、ルフィいますか?」
早く終わらせたい、その思いが今のサンジを突き動かす原動力だ。
「ルフィ?」
「はい。」
あら、おかしいわねと、マキノは首を傾げる。
「ルフィは旅行中よ。」
「旅行?」
「行き先は教えてくれなかったけど、ハガキが届いたから。」
「へ?」
「今、インドにいるらしいわ。」
「インド?!」
聞いてない?と、マキノはニコニコ笑いながら、呆然とするサンジに告げた。
これで終わりだ。
俺は残念だと思うと同時に、とても嬉しい。
ゾロの選んだあいつには何とも思わない。
ただ、まだあいつのことを心配するゾロが、俺は心配だ。
でももう終わりだ。
カウントダウン、0。
なぁ、サンジ。
俺が誰だか、分かるか?
サンジは一人、駅前の花壇に腰掛けている。
手には、あの日記のノートと、ルフィがインドから出したハガキ。
ハガキには簡単な挨拶と、自分のいる場所だけが書かれていた。
それだけだった。何もない者にとってはそれだけだろう。
しかし、サンジは気付いたのだ。
字が。ハガキにあるルフィの文字が、日記の文字と同じだったのだ。
「このノートは、ルフィの日記だったのか。」
しかし分からない。どうしてこのノートはゾロの家へ届けられたのだろうか。
パラパラとノートを捲る。
新しいノートだ。ほとんど使われていないノート。
ふと、真っ白だと思っていたページたちの中に、何かが見えた。
文字だ。
今まで気付かなかった、中途半端なページに書かれた、その文字。
ゾロは俺が貰う。
それを見た瞬間、サンジは全てが分かった気がした。
確かかどうかは別として、自分の中でどうしても繋がらなかったもの達が、一気に繋がったのだ。
「ゾロはルフィに攫われたってことか。」
いや、違う。
ゾロがそれを許さなければ、ルフィはきっと何もしない。
ならば。
「俺は、ゾロに見捨てられたのか。」
ずっと味方だったゾロ。
でも、『ずっと』って、いつまで?
「違う、ゾロを裏切ってたのは俺だ。」
何をしても許されるなんて、何て傲慢なのだろうか。
ゾロを恋人として自分の傍に縛り付けたというのに、自分は他の女の子達とデートだと頻繁に出かけた。
そのことは、ロビンやナミ、そしてウソップによくないと言われていたのだ。
どうしてそんなことができるのだと、顔を合わせれば怒られた。
しかし、ゾロは何も言わなかった。だからサンジは、変わらなかった。
今、気付いたのだ。
「言わなかったんじゃなくて、言えなかったんだな、あいつ。」
サンジはそっと日記を閉じた。
ルフィはゾロを攫ったのかもしれない。
しかし、それをゾロは了承した。
ゾロは自らルフィに攫われることを望んだのだ。
「俺は、フラれたってわけか。」
はははと、サンジは自分を笑った。
マキノから預かったルフィのハガキを、グシャグシャに握り締めた。
「何だそりゃ。」
フラれるもいい。自分はそれだけのことをしていたのだから。
しかしだ。
「俺は何にも言えず終いかよ。」
今更と言われればそうだ。
今頃何を言おうと、何になるかなどたかが知れている。
しかし。
「黙っていなくなるのは、反則だろ。」
サンジは力を失くしていた身体を起こし、すっくと立ち上がった。
サイフの中身を確かめる。
ちょうど給料日で、サイフはいつもより温かい。
よしと、サンジは一人頷いた。
握り締められたハガキの皺を伸ばし、もう一度確認する。
「インド。」
もう移動しているかもしれない。しかし、手がかりはそれだけだ。
サンジは力強く一歩を踏み出した。
持ち物は、財布とパスポート、そしてルフィの日記。
目の前の改札を抜け、向かう場所は決まっている。
空港だ。
いつだったか、ナミがサンジに言った言葉。
私、サンジ君が何でそんなに自信満々なのか分からないわ。
サンジは自分を笑った。
確かに。何にそんなに自信があったのだろう。
己の傲慢さに、本当に嫌気が差す。
きっと、味方ではないと言った友人達は、こんな自分を軽蔑していたのだろう。
己自信ですら虫唾の走る、こんな自分を。
ならば、ここで今気付けた事に感謝すべきだと思うのだ。
何をしたのだろうなどと、頭を抱えている暇はない。
何もしなかった自分を取り戻さなければならない。
サンジはやって来た電車に飛び乗った。
ゆっくりと進み始める田舎の電車に、早く走れと思う。
早く、ゾロの元へ走れと、自分自身に思う。
こんな自分に、恋人は何て言うだろう。
「恋愛犯罪者」end
ゆん様宅「Z-espacio」様、2周年おめでとうございますの、妄想。
リクも頂きました。クリアならずも・・・
『サンジがゾロに振られる話(最後はくっつく)、ゾロに愛されて自信過剰になってるサンジに喝っ!』でした。
うえーん。おめでとうございますー!
(06.07.06)