時間差心中交響曲  #10







花火が散るのを、誰も知らない特等席で見ようと誘ったのはサンジだった。
色とりどりの夏を楽しむのは当然だろうと。
ゾロは酒さえ飲めればそれでいいと、大人しく従った。それだけのはずだった。
「・・ん・・。」
口付けをそっと離し、見詰め合う。轟き響く音さえ届かない甘い時だ。
「な。来てよかったろ?」
「ああ、綺麗だな。」
ゾロの答えに、サンジは子どものような笑顔を返す。そしてまたゾロが笑う。
二人は光の舞う暗い空へと視線を流し、離れていく視線の代わりに手を繋いだ。
「俺はさ、最近怖くなってきたよ。」
空を見つめたままのサンジが、握る手に力を込めて話し出す。
「ずっとこうしていたい。こうやって傍に居れればいい。
たったそれだけでいいのに、それは何て難しいことなんだろうって。」
ずっとこうしていたいと願う。離れてしまう事が怖いとさえ。
ドツボに嵌っちゃった・・・。困ったように笑いながら、ゾロを見た。
そんなサンジを、酒で仄かに火照った顔のゾロが見つめる。
そっと頬に手を添えられ、再び口付けを待つ。
ゾロ。好きだよ。サンジは囁いて額を寄せ合た。
俺も・・・ゾロがそう答えようとした時、繋がれていた手が離された。頬に添えられていたもう一つの手も。
どうして?そう思い閉じかけていた眼をふとあげた時。
離れたはずの手が、ゾロの首に絡んだのが分かった。
ジワジワと圧力が掛かる。
その力にゾロは目を見開くが、目の前のサンジの表情が先ほど額を寄せ合ったものと同じで抵抗する事を止めてしまった。
好きで好きで、好き過ぎて・・・・囁き続けるサンジ。
圧迫感から逃れようと知らずに開いた口を口付けで再度塞がれる。
音のでない声で名前を搾り出すと、名残惜しげに離れた。

好きだと。
愛していると思うこの気持ちが、好きな人を、愛している人を殺してしまうのだとしたら、
守りたいと思う気持ちが己を殺してくれることを願う。
この気持ちが元は一つであっても、憎しみや悲しみをも抱えて逝きたい。
それでも愛していると思いながら。
でも、そんなことできやしない。
人間は欲張りだろう?

涙を目一杯ためたサンジは耐えられないよと言い、とうとう泣き出してしまった。
ゾロは薄れ始めた意識の中、サンジに殺されそうになっている事実よりも、泣き出したサンジを見て辛くなった。
ろくに力を通わす事の叶わない手で、サンジの頬を流れる涙を拭ってやる。
すると一瞬驚いたような顔をしたサンジが、ゾロの大好きな笑顔をくれた。
サンジ。
俺も好き。
そうしてゾロの意識は消えるはずだった。


「何やってんだ!!!サンジ!!!」


急激に吸い込まれる酸素にゾロは咽る。
苦しげに顔を上げるとサンジを突き飛ばしたルフィが立っていた。
サンジは屋上に施されている手すりまで飛ばされたようで、痛ぇと唸っている。
「何が痛ぇだ!てめぇ、ゾロを殺す気だったのかよ!!!」
酷く興奮したルフィの顔は真っ赤だ。その様子を鼻で笑いながらサンジは身体を起こした。
「そうだ。ゾロを殺す。」
先ほどまでの優しい目ではない、虫けらでも見るかのようなサンジ。
今までサンジからそんな目を向けられた事のなかったルフィは動揺する。
「何で!何でそんなことすんだ!!好きなんだろ!?」
「好きだからだ。」
間髪居れず冷静に答えるサンジに、取り乱していたルフィは驚く。
何を続けていいのか分からずか、動揺を隠そうともせず、ただ焦っているのがゾロの目からでもよく分かった。
「ゾロが俺の知らないところで死んだらどうしよう。」
無表情でサンジがルフィに向かって喋りだす。
ゾロが俺の知らないところで酷い目にあってたらどうしよう。
俺が死んでしまって、知らないところで誰か別の奴を好きになってキスしてたら。Sexしてたら。どこか遠くに行ってしまったら。
「俺はゾロが好きだ。だから嫌だ。」
まるで子どもの我侭のように、独占欲を丸出しにしてサンジは続ける。
それを呆然と聞くルフィと、圧迫感からの開放で自然と流れる涙を拭う事もなく聞き続けるゾロ。
「俺はこれしか思いつかなかった。だから殺す。殺して、俺も死ぬ。」
言い切ったサンジは、ルフィもゾロも誰も知らない人のようだった。
これがサンジかと思うほど別人だった。
ずっと胸に仕舞っている、いけないと、それは違うと仕舞い続ける、誰もが狂気と認めるものそのものだ。
「だから、邪魔するな。」
突き放すようにルフィに言い放ち、サンジはゾロの元へと歩み寄る。
座り込んでいるゾロに手を差し出したサンジの顔を見上げると、ルフィに向けられた冷たい仮面など嘘のような優しい笑みを浮かべたサンジがいる。
そのギャップが逆に怖いのかもしれない。しかしゾロは全く恐怖など感じていなかった。
あるのは喜び。サンジにそこまで言わせることのできる自分。
そして、サンジの行動に抵抗を抱かない自分。
好き。だから一緒に居たい。ずっと。
サンジが離れてしまうかもしれないと恐怖を抱いているのはゾロも同じだ。
サンジは元より、人並み以上の女好きだ。いつゾロから離れて女に走ってしまうか、そう考えるとゾロは恐ろしくなってしまう。
真っ暗な暗闇に一人取り残されたようになってしまう。
サンジの笑みに、反射のように微笑み返したゾロは手を取り立ち上がる。
底のない闇に見入ってしまったのか様に抵抗なくサンジに連れられる。
「行こうか。一緒に。」
そう言って手すりの上に立つサンジ。
振り返り両腕を開く。その胸にゾロを仕舞いこむように抱きしめようと。
それに誘われるかの様に、ゾロは微笑みながら胸に寄り添う。
サンジが腕に力を込めようとした時だ。
「やめろ!!!!」
叫びと共にルフィがゾロの背中に飛び乗る。
ゾロをサンジに抱きしめられてしまっては、もう止めることはできないと思い、それだけは止めなければと飛び込んできたのだ。
しかし、その勢いで伸ばされたゾロの腕が、サンジを空中へと押し出した。
トンと音がしたのかもしれない。
少なくともここに居る三人には聞こえることはなかっただろうが。
驚いたような表情のサンジが、まるでスローモーション映像を見ているように後ろに倒れていく。
ゾロは息が止まるのを感じた。慌てて手を伸ばす。
そんなゾロが見えたのか、サンジは困ったように笑った。
巧くいかねぇな、そう言っているかのようだった。そして。




「待ってる。」




ゾロの視界からサンジが消える。
「うわあぁぁぁ!!!!」
ゾロは叫びながら手すりに身を乗り出す。
地面に落ちた音は叫びでかき消されたのか聞こえなかった。
しかし、暗闇を一瞬でも照らし出そうとする花火の楽しげな光たちが、地響きを伴う音と共にサンジを照らし出す。
ゾロを抱きしめようと両腕を開いたそのまま、屋上を見つめていた。
弾けるように飛び散った血は、花火の光に彩られ羽の様だと思った。
行かなければ。ゾロは咄嗟にそう思い、乗り出した手すりに足を掛ける。
すると頭の後ろでドン!と音が響いた。
花火がなると同時に見えるはずのサンジが見えないことに気付いたときには、ゾロは意識がなかった。
両手を組んでゾロの後頭部に振り落としたのは、混乱を隠せない幼い目をしたルフィだった。