時間差心中交響曲 #8
気付いた時、ゾロは音のない世界にいた。
空気の振動すら感じない。
静かな世界だ。そして、何もない世界だ。
目の前の少し離れたところにサンジが居る。
『サンジ。』
呼んでみても音になっていない。空気が振動しない。サンジの耳には届かない。
『サンジ!』
それでも呼び続ける。
何もなかったはずの場所は屋上だった。
あの時、花火を見ていた。サンジが飛び降り、自殺した屋上なのだ。
気付かせなければならない。でないとサンジは、このまま落ちてしまうのだ。死ぬのだ。
『サンジ!!』
ゾロは必死で呼び続けた。
掠れているが、空は蒼い。その蒼い空をバックに立っているサンジは一つの絵のようだ。
そして、ゾロの叫びが聞こえたのか、サンジはゆっくりと振り向いた。
サンジの表情は晴れやかだった。今までに見たこともないような、安らかな笑みだった。
『 。』
音がない。聞こえない。
何か言ってる。サンジが何か言ってるんだ。何で聞こえないんだ。
聞かなきゃ!聞かなければならない!
もう一度言ってくれ!!
そう言ったゾロの声も音にはならなかった。
サンジは微笑みながら、まるでベッドにでも倒れこむようにゾロを見つめたままゆっくり後ろに倒れていく。
酷くゆっくり時間が流れている。スローモーションだ。
ゾロの視界からサンジは消えた。落ちた。
そして、サンジがいた場所には一つの影が立っていた。
ゾロは叫んだ。音にならなかったが、喉から血の味がした。
それは、言葉ではない。意味を持たない、ただの叫びだった。
「っ!!!」
息をするを忘れていた。勢いよく身体を起こし、大きく酸素を吸い込んだ。
「かはっはぁ・・・はぁ・・・。」
本当に叫んでいたわけではないだろうに、喉からは血の味が薄っすらとする。水が欲しい。
どうやら、サンジのベッドで寝てしまっていたようだ。
開いていた手帳はベッドから落ちている。随分と暴れていたようだ。
外は夜らしく、未だ闇は深く、暗い部屋をおぼつかない足でキッチンに向かう。そこは主がいなくなり、もう二度と光の入らない場所。
グラスに水を入れて、一気に飲み干す。
鉄の味はゾロを不快にさせたが、夢から覚めた時点で随分な気分だったためどうでも良かった。
まだ少し息が上がっている。
はぁ・・・・はぁ・・・・
フラフラとゾロは家を出た。外は暗い。誰も居ない。しかし、今が何時かなどゾロには興味がなかった。
『 。』
サンジ・・・お前は何を言ったんだ?
頭の中では、延々と夢で見たビジョンが映された。
あの場所へ行けば、誰かがいるように思った。
全てを知っている誰かが。
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