時間差心中交響曲 #9
夜の屋上は暗闇に包まれ、夏の生ぬるい風が身体を撫でる。
誰も居ないはずのその場所。
サンジが飛び降りたというその場所に、一つの影があった。
「ルフィ・・・?」
ゾロに気付いているはずなのに、振り向かず、ただただサンジの落ちた場所を見下ろしていることが後姿から分かった。
まだ夜中だ。なぜ?
「何してる?」
ルフィは答えない。振り向きもしない。
「何でそこに居る?」
だんだんと声を荒げ始めていることを感じている冷静な自分が、どこかにいるように思ったが止める事をしない。
「お前!!何を隠してやがるっ!!!」
感情をコントロールできず、怒鳴る。イライラする。
ルフィは未だゾロの方を見ない。穴の中を覗くかのように、地面を見下ろしたまま動かないのだ。
「ルフィっ!!!」
ゾロは怒りのままルフィのもとへ進む。勢いのまま肩を掴み、無理やりにでも振り返らせようと手を伸ばした瞬間。時が止まったように感じた。
目を見開く。
目の前にサンジが笑っている。
優しい笑顔。ゾロの大好きな表情だ。
今にも「好きだ」とキスしてくれそうなサンジ。
しかし、そこへルフィへと差し出しかけていた腕をすり抜け、現れたもう一つの腕がサンジの胸を思い切りマンションの外側に押し出した。
サンジがゆっくりと落ちる。ゾロは慌てて手を伸ばし、サンジを掴もうとした。
届かない。
しかし、サンジは。サンジは笑っていた。
笑いながら落ちていく。
そして、夢で見たあの言葉を・・・
『 。』
ゾロは三度目にしてようやく聞き取れたのだと思った。
一度目は消してしまった記憶の彼方。
二度目は求めるあまりに見た悪夢の中。
そして、三度目の。
目を閉じず、サンジを落とした腕を振り返る。
その腕は。男の。無駄な筋肉のない。そう、見慣れたものだった。
なぜならそれは、
ゾロの腕なのだから。
サンジを突き落としたゾロが、その腕を下ろすことなく、信じられないといった顔をしたゾロを見ている。
お前は、自分が思っているよりも、誰かに思われるよりも、汚いものだということを知らない。
お前自身も、お前の周りも、誰もそれを知らない。
人はとても上手く、自分自身で目隠しを何重にも作っているから。
でも、あいつはそれを知ってたんだ。
本当にお前を思っていたから、大切だったから、すべてを見たんだ。
お前も、自分自身も。
そして、それこそが悲劇だ。
あいつも、同じだったのだから。
サンジを突き落としたゾロは、微笑みながらサンジの落ちた場所へ向かうかのように屋上から、飛んだ。
「ゾロ!!おい!」
酷い揺さぶりに目を覚ます、きっと光が眩しいだろうと思ったが、今まで自分がいたであろう闇と同じものがそこにはあった。
今は?そういえば、夜だったんだ。屋上にルフィがいて・・・それで・・・。
「大丈夫かよ・・・何しにきたんだ?こんな夜中に。」
見上げるとルフィが覗き込んでいる。ルフィの上着を掛けられ、ゾロは仰向けに寝かされていた。
背中にあたるコンクリートは、ゾロの体温を奪ったせいか、痛いほど硬いが冷たくはなかった。
「・・・ルフィ・・・。」
「ん?」
弱弱しく掠れてしまった声は、普段のゾロのものとは思えない。それに気付いてかルフィは安心させるよう優しく微笑む。
ルフィは優しい。いつも変わることなく。
その優しさは、時に泣きたくなるほどで。
「サンジは・・・自殺なのか?」
「・・・そうだ。」
・・・お願い。そんなに優しくしないで。
言葉を飲み込み、ゆっくりと大きく息を吐き出す。
抜けていく身体の緊張を感じ、ゾロは目を閉じた。
何かが頬を伝っていく。自分は泣いているのだろうか。
もうどうでもよかった。何もかもが。
優しいとはどういうことなんでしょう。でも、大切な人は出来得る限りの優しさで包んでいたいです。
それでも傷付けてしまうのは愚かなことでしょうか。それはとても切ないです。どうすればいいのか、どうして欲しいのか。
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